永遠の時をあなたと/外伝【恋に落ちたトリックスター】
SHINTY
第5巻【ハウエルの孫】以降に読むのがオススメ
トリックに命を懸けるお兄ちゃん
【お兄ちゃんが死にかけた原因とは】
2人は教会で知り合ったが、そこではまだ顔見知り程度でしかなかった。
そんな2人が急接近したのは、ある事故がきっかけだった。
「ダン兄ちゃんの馬鹿!嫌いになってやる!」
「それ、今は禁句だろ~?」
「禁句以前に聞こえていないだろう。」
「まったくダンちゃんは……。」
病院のベッドの上で眠るダン(21)
機械に繋がれ、意識の回復を待っている状態である。
「まあ、このくらいで済んで良かったじゃないか。」
「良くないでしょ!?車に撥ねられたんだよ!?」
「だから良かったんだよ。撥ねられたのに骨に異常はないし、外傷だけで済んだんだからな。」
楽観的な父親ロナルドに、ため息をつくシルビア(13)
「でも頭を打ってるんだよ?いつ意識が戻るか分からないし、覚悟だけはしておいてってドクターが言ってたじゃない……。」
頭に包帯を巻いたダンに、家族の視線が集まる。
「ダンちゃんが好きでやった事なんだから、もしもの時は私達も受け入れましょう。」
それが神の御心ならばと、母親アンナがシルビアを諭す。
沈黙するシルビアの頭を撫でて慰める父。
「それで?ダンの奴、今回は何をやったんだ?」
話題を変えようと、ロナルドがレイフ(18)に尋ねた。
「兄貴の仲間が言うには、ゾンビの格好で道行く人を驚かせていたとか。」
聞いた3人がため息をつく。
「本物だと思ったのね。」
「頭を撃たれなくて良かったじゃないか。」
「ダン兄ちゃんを撥ねた人の方が被害者だわ。」
容易に想像が出来、加害者を哀れむ家族達。
「つーか、ゾンビの格好で運ばれた訳だよな?」
プッと噴き出すシルビア。
その姿も想像でき、笑いが込み上げて来た。
「意識が戻ったら笑ってやるわ。心配かけた罰なんだから。」
みんな、死を意識すまいと明るく振る舞っていた。
と、突然機械音が鳴り出した。
その場が一瞬にして凍りつく。
「やーっ、ダン兄ちゃんが死んじゃう!」
音を聞きつけた看護士が医者を呼び、泣き叫ぶシルビア達の目の前で緊急措置が施された。
「大丈夫ですよ、ハウエルさん。私達に任せて下さい。」
看護士の一人が声をかけ、動揺する家族を落ち着かせていた。
「もう大丈夫でしょう。ダン君、頑張りましたね。」
容態が落ち着き、医者達が出て行った直後。
シルビアがヘナヘナと座り込んだ。
「良かった……」
大切な人を失う恐怖から解放され、一気に気が抜けたらしい。
「怖かったわね、シルビアちゃん。ダンちゃんったら、こんなに心配かけて……。」
「シルビアを怖がらせた罪、退院したらたっぷり償わせてやろうな。」
危機を脱した安堵感もあり、ダンを悪者にしてシルビアを可愛がる両親。
「俺なら退院する前に懲らしめるけどな~。動けないのを良い事に?」
ニヤリと笑うレイフも両親に賛同していた。
奇跡の子シルビアは、相も変わらず溺愛されている。
そんな悪者ダンが意識を取り戻したのは、それから3日後の事だった。
「……?」
目を開けると見慣れない天井があった。
と、痛みが押し寄せる。
「痛……」
その声を聞き、点滴の交換をしていた看護士がダンの顔を覗き込んだ。
「天使……?」
それが、彼女にかけた第一声だった。
「天の使いだなんて、私には勿体ない言葉ですわ。」
クスクス笑う顔には見覚えがあった。
「意識が戻った事、伝えて来ますね。」
そう言って出て行った彼女を見送り、頭の中を整理する。
見覚えのある顔をしたナース。
顔はともかく、ナースがいたという事はここは病院なのだろう。
何で病院に……?
「ああ、そうか。車に撥ねられたんだったな。」
思い返し、フッと笑う。
身体は痛むが、満足していた。
自分を見て怯える人々。
映画やドラマの影響か、いるはずのないゾンビに本気で怯えていた。
「はは、車で助かった。」
彼らが銃を持っていたら、間違いなく頭を撃ち抜かれていた。
もしそうなっていたら、それほど完璧な仕上がりだったのだと満足して死ねただろう。
「ダン君、ゾンビから人間に戻った気分は?」
医者が笑いながらやって来た。
どうやら看護士達の間で話題になっていたらしい。
「生き返った気分です。」
ニッと笑って答えるダン。
「はは、文字通り生き返ったからね。まあ、一歩手前からの生還だけど。」
一歩手前と聞き苦笑する。
家族を不安にさせたのは間違いない。
「目覚めたばかりで申し訳ないんだけど、警察が話を聞きたがってるんだ。話、できそうかい?」
バイタルチェックをしながら問われ、頷いた。
「うん、安定してるね。じゃあ、呼んで来るよ。」
医者を見送りため息をつく。
警察沙汰になるのは想定外だった。
というか、撥ねた相手はどうなったんだろう。
「悪い事したな……」
驚いただけでなく、一歩間違えれば殺人犯になっていた。
確か女性だった気がするが……。
「ハウエル君?気分はどうかな?」
警官2人が入って来た。
大丈夫だと答え、起き上がろうとしたが無理だった。
力を抜き、ひと息つく。
改めて身体を見れば、あちこち痛むし包帯だらけ。
死にかけたと言うから相当な怪我なのだろう。
「まず、事故の状況を聞かせてもらおうか。」
「はい。俺達、サークル活動をしていて──」
ダンが通っているのはノーステキサス大学ダラス校。
そこで特殊メイクなどを学び、サークル活動で腕試しをしている。
あの日はゾンビのメイクを施し、道行く人達の反応を見て仲間達と改善点を話し合っていた。
「ゾンビねぇ。それで?君を撥ねた相手との関係は?」
「関係?見ず知らずの人ですが?」
「じゃあ、誰かに恨まれてたりは?」
「さあ……。あの、何を調べてるんですか?」
聞けば、相手に殺意があったかどうかを調べているのだという。
「あの、ただ怯えていただけだと思いますよ?本物のゾンビだと思ったみたいで……。執拗に追いかけた俺が悪かったんです。」
警官2人が顔を見合わせる。
「そんなにリアルだったのか?」
「ええ、まあ、その自信はあります。」
ニッと笑ったダンを見てかぶりを振る2人。
「頭を撃たれなくて良かったな。」
「まあ、相手に殺意が無かった事は分かったが……」
「示談にしますよ。だから刑事責任は無しって事にして下さい。」
驚かせたお詫びにと、そう言ったダンだが……
「君がそれで良いなら構わないが、逆に訴えられるかも知れないぞ?」
「え、訴え……?」
「過度な悪戯は犯罪にもなり得るんだよ。事故を起こしたら尚更にね。」
「う、確かに……。」
その通りだと覚悟するダン。
だが後に、訴えられる事もなく示談が成立した。
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