第7話 陽菜の家で

陽菜に家に呼ばれてから数日後、俺は陽菜の絵を完成させた。

背景などはあえてあまり書き込まず、俺が感じた陽菜の良さが伝わる絵が描けたと思う。

「陽菜、絵が完成したけど見てくれないか?」

「どれどれ〜?」

陽菜は絵を見ると目が嬉しそうに笑っていた。

「すごいね、本当に私みたい。いや、これは言い過ぎか」

「陽菜が手伝ってくれたからだよ、どうかな、前のイラストには勝てた?」

「もちろん!」

「そう言ってくれて俺も嬉しいよ」

陽菜は絵をスマホに送り眺めていた。

「僕もこんな綺麗に書いてくれたんだから、リアルの僕も今以上に磨きをかけないとね」

陽菜は意気込んでいたが、これ以上どこに磨きをかけるというのだ。

「これって、君のイラストにあげないの?」

そう聞いてきた、陽菜に僕はすごく否定した。

「これをあげて、もし知り合いとかにバレたらどうするんだ?」

「いや〜バレないと思うけどね、だってなかなかこんなの見る人いないでしょ」

「まあ、そうかもだけど」

「じゃあ、あげてよ、君の私が思う最高のイラスト、評価してもらおう!?」

「陽菜がそういうなら」

そう言って俺はいつも通り、サイトにイラストを投稿した。

その翌日、もちろん俺は翔太に変な目で見られた。

「冬馬、イラストを描くのはいいと思う、でも、リアルの人物。ましてやクラスメイトをモデルにするのはどうかと思うぞ」

「あ〜だよね〜引いた?」

「引いた」

「ストレートに言わなくても」

「でも、俺はいいと思うぞ!」

「翔太〜」

翔太と会話していると、不思議と誰かの視線を感じていた。

(見られてる?)

ちらっと陽菜の方を向くが陽菜はいつものようにたくさんの人と話していてこっちを見たとは思え

ない。

(まあ気のせいか)

しかし授業中や休み時間などたまにだが視線を感じてしまう。

(なんでこんな、視線を感じるんだ?クラスに知り合いはほぼいないはず)

しかし、その予感は正しいことがわかる。

放課後。

人の気配がまばらになった校舎の階段で、俺は淵本と向かい合っていた。

淵本とは中学校の仲で俺の唯一の同じ高校に進学した知り合いだった。

彼女はスマホを手に持ったまま、どこか妙に落ち着いた様子で俺を見つめていた。

「このイラスト、冬馬が描いたんだよね?」

そう言って差し出された画面には、俺が昨晩投稿した“陽菜の絵”が表示されていた。

その瞳には、穏やかな微笑みとどこか黒いものがあった。

「ああ、、そうだけど」

「やっぱりね、見たことあると思ったよ」

そう言うと、彼女の視線がほんの一瞬だけ細くなった。

まるで、自分の中で何かを確信したような表情に変わった。

「なんか、見たことある雰囲気だと思ったのよ。、、これ、陽菜さんでしょ?」

「、、まあ、見れば分かるよな」

その名前を口にしたとき、淵本の表情が一瞬だけこわばったように見えた。

唇がわずかに引き結ばれ、眉がほんのわずかに寄る。

「っていうかさ、あの子を描くとかちょっと意外だった。、、高嶺の花っていうかさ」

語尾を軽く笑ってごまかすように言ったが、その笑みの端には僅かな棘が残っていた。

「この絵は君が妄想で描いたとは思えないくらい鮮明なのよね。もしかして本人に手伝ってもらっ

たところかしら」

肝心なところを言い当てられて驚いた顔をすると、どこか嬉しいような悔しいような、混ざったような表情になる。

「確かに見た目は整ってるけど。いつも取り巻きに囲まれてて、本当の彼女がどんな人なのか、

正直よくわかんないんだよね」

彼女はそう言いながら、スマホを見つめるふりをして視線をそらした。

だが、手元の指はわずかに緊張している。

「まあ、確かにそうかもな」

「それにさ、あの子って、、なんか演じてる感じしない? みんなの王子様って、自分を作ってるっていうか」

「、、ああ、それは、、」

言いかけた俺を遮るように、淵本はふっと笑った。

だけど、その笑みはいつものように軽やかではなかった。

その奥にある、言葉にできないモヤモヤを、彼女自身も持て余しているようだった。

「でも冬馬は、そんな彼女の仮面の下まで見てるんでしょ? 、、いいなあ。なんか、ちょっとズルい」

視線を俺に戻したとき、瞳の奥には一瞬、ほんのわずかな寂しさが滲んでいた。

「、、いや、そんな大したもんじゃないって。ただ、たまたま、、スランプでそれを治すために、、」

「私だったら、もっと前からやってあげたのにね」

拗ねたように頬をふくらませながら視線を逸らす。

そして、わざとらしく「まったくもう」とでも言いたげに小さくため息をついた。

(前からやってあげた?でも今は、、)

少し疑問にも思ったがあんまり深く受け取らないようにする。

俺は少し困ったように笑って言った。

「このこと、他には言ってないよな?」

「うん。、、君の名誉のためにも秘密はちゃんと守るよ。でもね」

「でも?」

「私も、モデルやらせて」

「、、え?」

「私も、絵にしてよ。冬馬に描いてほしい」

その一言は、意外だった。

が、それ以上に彼女の顔が真剣だったことに驚かされた。

「どうして、、?」

「どうしてって、、」

淵本は言葉を探すように視線を泳がせたあと、ふっと表情を引き締めた。

「冬馬の絵って、、ちゃんと“その人のこと”を見てるって感じがするの。表面じゃなくて、もっと奥まで」

そして、笑った。

でも、その笑顔はほんの少し寂しくて、悔しさを隠すような微笑だった。

「私も、そうやって見てほしい。、、あの子だけじゃなくて、私も」

その目にははっきりとした想いが込められていた。

「ね、引き受けてくれなきゃ、、もしかしたら、この秘密が誰かの耳に入っちゃうかも?」

冗談めかして笑ったその声も、どこか張り詰めていた。

それが本気の冗談じゃないことは、すぐにわかった。

俺は胸の奥が少しだけ重くなるのを感じながら、静かに答えた。

「、、わかったよ。明日の放課後、3階の空き教室に来てくれ」

「ふふっ、楽しみにしてる」

そう言って、くるりと踵を返す淵本。

その背中は軽やかに見えたが、最後の一言が、耳に残っていた。

「高碕さんより、いい絵になるといいな」

その言葉には、間違いなく陽菜を意識してのものだった。

(、、こりゃ、本当にややこしいことになってきたぞ)

俺は誰にも聞こえないように、小さくため息をついた。

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