第6話 陽菜の心境
僕はいつも、人の視線を感じている。
一度挨拶をすれば、男女問わず笑顔になる。
でも、それは「僕自身」に向けられたものじゃない。
みんなが求めているのは、
“かっこよさ”を纏った高碕陽菜。
つまり、王子様の仮面をかぶった僕だった。
「人気になるのは嬉しいけど、イメージ通りに生きるって、案外きついよね、、」
本音を漏らしても、それを受け止めてくれる相手はいない。
だから、僕はずっと理想の陽菜を演じてきた。
気を抜けば、その仮面が壊れてしまいそうで。
誰かの期待を裏切るのが怖くて。
そんなある日の放課後。
居残りで勉強に励んでいた僕に、先生が声をかけてきた。
「向こうの空き教室を使ってる生徒に、下校時刻を伝えてきてくれるか?」
その生徒は、綾井というらしい。
名前は聞いたことがある。けれど、直接話したことはなかった。
「確か、、同じクラスだよね」
空き教室のドアを開けた瞬間、室内の空気がふわっと変わった気がした。
机に向かってスケッチブックを広げ、眉間にシワを寄せている男子。
それが、綾井くんだった。
「綾井くん、、だよね? 先生に言われて、下校時間を伝えに来たんだけど」
「えっ、もうそんな時間か、、。集中してると、時間感覚バグるな」
その言葉に思わずくすっと笑ってしまった。
ふと視線を落とすと、彼のスケッチブックには精緻なデッサンが並んでいた。
物の輪郭、人物のライン。どれも丁寧で、目を奪われるほど上手だった。
「すごいね、、」
思わず心の声が漏れる。
そんな僕に、綾井くんは不意に言った。
「君をモデルに描かせてくれないかな」って。
突然すぎて戸惑った。正直、最初は断るつもりだった。
だけど、彼の目が本気だった。
まっすぐで、誠実で、欲にまみれていなくて。
誰かを描きたいっていう純粋な衝動に満ちていた。
(まぁ、もし下心があったら、その時は一蹴すればいい)
そう思って、引き受けることにした。
でも、彼の視線は僕の想像より、ずっと真剣だった。
じっと見つめられているのに、なぜか嫌じゃない。
むしろ、心がくすぐったくて、落ち着かない。
彼は王子様の高碕陽菜じゃなく、ただの僕を見ていた。
肩のライン、首筋の角度、指の先まで、丁寧に追いかけるように。
(この人の視線、優しい、、)
その瞬間、初めてだった。
誰かに必要とされていると、心から感じたのは。
僕のどこかが少しずつ変わり始めたのかもしれない。
彼の絵の中に残りたいと思った。
彼の近くで、もっと話したいと思った。
それで、誰の視線も気にしなくていいから家に誘ったんだ。
今思えば、知り合ってまもない人、ましてや異性を家に招き入れるなんて自分でもおかしかった。
でも、なぜかその日が来るのを心のどこかで楽しみにしている自分がいる。
(なんだよ、この胸が締め付けられる感じ、、)
そんなこと部屋で考えていると部屋でいつも身だしなみを整える鏡が目に入る。
ふと思い立って、鏡の前でポーズをとってみた。
ファッション雑誌に載っていた、カッコいいポーズをいくつか試す。
その、ポーズはどれもどこかぎこちなかったが、やっているうちに楽しくもなってきた。
そして、ふと目に留まった「かわいらしさ」を意識したポーズ。
そっと真似してみたけど、自分でなにしているんだ、と恥ずかしくなってすぐやめた。
顔が熱くて、枕に思い切り押し付ける。
「、、何してるんだよ、僕。あんな恥ずかしいこと、、」
でも、彼なら、、
綾井くんなら、女の子としての僕も、ちゃんと見てくれる気がした。
、、そう思った瞬間、すぐにその考えを頭から追い払った。
「最近の僕、おかしいや」
けれど、心の奥が小さく鳴った音を、僕はまだ知らないふりをしているだけだった
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