第10話 今日もお休み、空の席

「え。ヤバくね、それ...」


「ぶっちゃけヤバいよね...。今までこんな怪奇現象みたいなの、あの神社で聞いた事無いし...」


一時間目終了後の休み時間。昨日の神社デートの話は、優悟が予想だにしなかった方向に盛り上がりを見せていた。


「晴馬が神社に入る時に教えてくれたやつさ、いつからやってるの?」


「はっきりは覚えてない。でも、小学一年生の時にはもう鳥居にお辞儀してた気はする」


「うっわ...」と優悟は大袈裟に顔を引き攣らせる。


「そんな長い間律儀にマナー守ってたら神様のお気に入りとかになってても不思議じゃなくね?俺が神様だったらさ...」


「あ~やめてくれ。聞きたくない...」


晴馬は優悟の言葉を拒絶するように机に顔面を再び突っ伏した。


「まだ何も言ってねぇじゃん」


「何言いたいか大体予想つくわ」


これまで自分に人一倍敬意を示していた人間が、自分の恋路を応援してくれと願い出て来た。だが本当にそれを叶えた人間は、射止めた意中の相手と共に浮かれた様子で、あろうことかその敬意を示すことなく自分の領域に入って来た。


ここまで聞けば渚がそうしたように、優悟も神が腹を立てて晴馬に罰を与えたと考えるのが道理だろう。


「おーい杉内、大久保~。何話してるのさ~?」


晴馬が優悟の言葉を遮った時、一人の女子が二人に近づいて来た。学校指定のジャージを年がら年中羽織っている彼女の名は鈴原美央。晴馬達と同じ三年生で、彼女もまたバスケ部に所属している。同学年の女バスメンバーの中では一番気さくな性格で、男バス組にも遠慮なくガツガツ絡んでくる。


「あ。もしかして昨日のデートの話だったりする?」


「何で鈴原もそれ知ってんだよ...」


図星を突かれた晴馬は眉を顰める。鈴原の分け隔てなく誰にでも絡んでくるこの姿勢が、晴馬は少し苦手だった。


「そりゃ渚ちゃんと同じクラスだしさ私。それに杉内の告白、うちらの学年で話題になったのあんたが一番良く知ってるでしょ?」


思春期真っ只中の若者達にとって恋愛に関する話題は、それはそれは素敵な御馳走だ。しかもスマホで手軽に、他人の目に晒される事無く想いを伝えられるこの時代に正々堂々と正面から告白し、それを成功させた晴馬は好奇の目だけでなく、特に男子からは尊敬の眼差しすら向けられることになっていた。


同じように真正面から告白した優悟はどうかって?...その勇気は大いに称えられた、とだけ言っておこう。


「それでなんの用さ?」


「あぁそうそう。大久保、この間吉沢先生が間違えてボール用のワックス2缶も買っちゃったから、ひとつ男バスで使っていいって」


「おぉそれは有難い。ちょうど切れかかってたから。何処にあるん?」


「ボール籠の傍に置いといた」


「さんきゅ。練習ん時回収するわ」


そんなたわいない会話を優悟は鈴原と交わす。告白に失敗しても尚、彼が女バスメンバーとごく普通に接する事が出来ているのは、彼女の存在が大きかった。


「それだけ伝えたかっただけだからもう戻るね...ってあれ。郁ちゃんもしかして今日も休み?」


何気なく顔を上げた鈴原は晴馬と優悟の席少し前の、鞄が掛かっていない空席の机を見る。




その席は本日欠席している、晴馬と同じクラスの篠宮郁の席であった。小柄で可愛らしい顔をしており、入学当初はかなりの美人がいると話題になっていたがそれから2年以上経った今、彼女は頻繁に学校を休む存在として別ベクトルで有名になっていた。


本人やその保護者曰くかなりひどい偏頭痛持ちらしく、特に雨の日はとても学校に行けるような健康状態では無くなってしまうらしい。だがその端正な顔立ちのせいで一部の男子の間では「学費稼ぐ為にこっそり水商売でもしてるんじゃないか」という最低すぎる憶測が出回っている。


「あれ?鈴原って篠宮と関わりあったっけ?」


意外な人物が意外な人物に言及したことで、晴馬は珍しくこちらから鈴原に問いを投げた。


「1年生の時にクラス一緒だったからね。でも郁ちゃんの話題なら、杉内のほうが詳しいんじゃなくて~?」


「まだその話擦るのかよ。前も言っただろ、篠宮とは何もないって」




篠宮って杉内のことが好きなんじゃない?




そんな噂が出回り始めたのは去年の5月位だった。クラスでは割と大人しめだった篠宮が突然、授業のペアワークを一緒にやろうと言ってきたりお弁当を傍で食べたりと、晴馬に積極的に絡んできたのだ。噂が立つのも当然と言えば当然である。


もっともその当時の晴馬は部活で新入部員の指導にいっぱいいっぱいで恋愛どころでは無かったし、10月の体育祭の時にはもう渚を好きになっていた為篠宮を意識することは殆どなく、一方の篠宮も秋学期に入って学校を休む頻度が一段と増えた為、この噂は次第に自然消滅していった。


「ごめんごめんって冗談!あ、もう戻らないと...それじゃ二人共じゃあね~!」


相変わらずのマイペースを遺憾無く発揮し鈴原は教室を出ていった。直後、授業開始五分前を告げる鐘が鳴る。


「次英語か~。あれ、そういえば晴馬。単語の小テストっていつだっけ?」


「明日」


「え、明日だっけ...?ヤバ、何もやってないわ...」


「...補習喰らって大谷に雷落とされても俺は知らんぞ」


「一夜漬けか~しんど」


教科書とノートを鞄から引っ張り出しながら、晴馬は何気なく篠宮の机を眺めるのだった。


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