第3話 神様への誠意
秋山神社は国道に沿うように広がる杉公園の中にある神社だ。公園にはイチョウやカエデ等の広葉樹が多く植えられており、秋には見事な紅葉で公園を彩る。更に広い公園内には子供が遊ぶ為の遊具や水が飛び出す噴水が設けられており、春夏秋冬を問わずに多くの人が訪れる憩いの場となっている。晴馬も優悟も小学生時代には良くこの公園に通い、鬼ごっこや缶蹴りをやったものだ。
そして秋山神社はそんな公園の中心に佇んでいる。公園の入り口は複数あるが今晴馬達が立っている国道沿いの入り口はその中で最も大きく、更に境内へと真っすぐに続く道の入り口であることを象徴するかのように大きな鳥居が立っている。
「初詣と夏祭り以外でこっから公園に入るのは初めてだな。んじゃ、行こうぜ」
ぼんやりと鳥居を見上げながら、優悟は堂々と鳥居をくぐろうとする。だがその時
「待て、優悟」
と、晴馬が彼を止めた。足を止め振り返った優悟は、いやに真剣な表情でこちらを見る晴馬に小首を傾げる。
「どうしたんだよ、そんな顔して?」
その問いの後に出来た暫しの沈黙の後、晴馬は覚悟を決めたかのように小さく息を吐くと
(大丈夫...優悟なら、大丈夫...)
と自分に言い聞かせた。
「なあ優悟。お前は本気で前川と付き合いたいと思ってるんだよな?」
急に低い声でそう問いかけられ、優悟は若干困惑しつつ答える。
「な、なんだよ急にそんな改まって。当たり前じゃんか、そうじゃなかったらあんな事お前に言わねえし、そもそもお前に前川の事も話さねえよ」
優悟は年頃の男子中学生とは思えない程の真っすぐな性格をしている。二人が互いに意中の相手を知っているのも、今年の春に行った林間学校の布団の中で晴馬が冗談半分で始めた「部屋の皆で好きな人を発表しあう」という行事において、優悟が恥ずかし気も無く先陣を切ったからだ。
「...だよな。俺も、さっきはあんな事言ったけど、もし本当に下川と付き合えたら跳びあがる程嬉しいと思う。だからさ、告白が成功するよう、神様に本気のお願いをしよう」
「本気の、お願い...?」
その提案に、優悟は再び小首を傾げる。
「神様にしっかりと誠意を見せるんだ。優悟は俺の真似をしてくれればいいから」
そういうと晴馬は鳥居に近づき、それをくぐる前に軽く会釈をすると公園の中に入って行った。
「鳥居は俺達が住んでいる世界と神様の世界を分ける門って言われてるんだ。だから神様の世界に入る前には一礼をしなきゃいけない。ほら、優悟もやって」
「お、おう...」
鳥居の向こうからそう促された優悟は上目遣いでぎこちなく一礼をすると鳥居をくぐり晴馬の横に並ぶ。
「それじゃ次は参道の歩き方。神社の参道や石段の中央は神様の通り道。だから俺達がそこを通る時は端を通らなきゃいけない」
「あ。それなら俺も知ってる。前にテレビで見たんだ」
そして二人は紅葉で美しく彩られた長い参道の端を進んでその先の社へと向かう。境内の前に立つ、一回り小さい鳥居にも一礼をした後、二人は秋山神社の境内へと足を踏み入れた。荘厳な社殿が並ぶ境内はしかし、夏の祭りも終わってしまったこともあり人はまばらで閑散としており、立派な拝殿が寂しい影を落としている。
「それじゃお参りする前に手を洗うぞ。これは
そうして二人は拝殿の斜め横に立つ手水舎の前に立つと、正しい作法に倣って手と口を清め始める。
まず晴馬は備え付けの柄杓で石の盆に溜まった冷たい水を一杯にすくうとそれを左手に注ぎ、次に柄杓を左手に持ち替え右手を洗った。
続いて再び柄杓を右手に持つと左手に水を溜め、それで軽く口をすすぐ。
最後に左手をもう一度清めると柄杓に残った水でその持ち手を洗い、元の場所に戻した。その一連の動作を、晴馬は優悟に分かりやすくするよういつもよりゆっくりと行う。手水が終わり、曲げた腰を戻した晴馬は
「こんな感じ。優悟もやってみて」
と再び優悟を促す。優悟は先程とは違い真剣な表情で
「分かった」
と告げると晴馬より少しおたおたしつつも、正しい順番で手水を行った。そして二人はいよいよ拝殿の前に立つ。
「最後はお参りだ。最初に御賽銭を賽銭箱に入れるけど、これはお願いを叶えてもらう為のお金じゃなくて、神様への感謝を表すためのものなんだ。だから別に大きなお金を入れる必要は無いし、最悪何も納めなくてもいいんだ」
「へ~それは知らなかった」
「そしてお賽銭を入れたら二礼二拍一礼の順で神様に参拝する。ここで大切なのは、いきなりお願いを言うんじゃなくて、先ずは日頃の感謝を神様に伝えるんだ。あと、何かお願いをする時は神様への挨拶として自分の名前や住所を伝えると良いってされているんだ」
「分かった。ありがとよ、晴馬」
そうして二人は賽銭箱の前に立つと財布から予め取り出した五円玉をそっと賽銭箱に入れると先程説明した作法の後、心の中で神様への感謝と恋愛成就のお願いを唱える。
(こんにちは。私は青花市杉区東淀住四丁目に住む杉内晴馬と申します。いつも私を見守って下さり本当にありがとうございます。今日は神様にお願いがあって参りました。実は自分には下村渚という意中の相手がおり、これからその人に告白しようと思っています。私の告白の成功を後押しして頂ければ幸いです)
そう唱えた晴馬はそっと目を開けた後に一礼し、静かに拝殿の前を離れた。隣で手を合わせていた優悟も遅れて拝殿を後にする。
「これでお参りはおしまい。最後に鳥居をくぐって神社を出る時にも一礼をしなきゃいけないから気を付けてね」
「了解。にしても晴馬がこんなに神社の作法に詳しかったなんて知らなかったぜ!もしかして、電車に乗ってた時にネットで調べてた?」
「俺達駅を降りるまでずっと携帯なんか触って無かっただろ?元々知ってたんだ」
晴馬は照れくさそうに続ける。
「オカルト好きって程じゃないけどさ。俺小さい頃から神様とか、目の見えないものとか結構信じる質だったんだ。だからそういう存在にもしっかり敬意を払わなくちゃ、って思う内にこういう作法にも詳しくなっちゃって...。変な奴だろ、俺って」
「あ~、言われてみれば確かにこの前の校外学習で教会に行った時、晴馬だけ係の人に言われる前にスマホの電源切ってたっけ。あれももしかしてそういうこと?」
「そう」
”神聖な場所では正しい礼節を重んじる”
優悟の真剣な表情を見て、彼にしっかりと願いを成就して欲しいと思った晴馬は勇気を出してこれを行動で示した。傍から見ればこんなものを友人に伝えるよりも意中の相手に想いを伝えることのほうが勇気が必要であると思うだろうが、それでも今までずっと心の内に秘めて来たものを晒すというのは、彼にとってそれなり以上の覚悟が必要だった。
「...そっか。何か、そういうの良いな」
だが晴馬の秘密を知った優悟の第一声は、それを肯定する言葉だった。
「...え?」
「いやさ、晴馬って何かの実行委員とかクラスで決める時に、最後に残った不人気の係とかに結構手を挙げたりするじゃんか?そういう目に見えて自分の利益にならない事を進んでやるのが何か晴馬っぽいっていうか、それが晴馬の良い所っていうか。少なくとも俺は別に変とか、思わないぜ」
自分の目を真っすぐ見ながらそう伝えて来た優悟に対し、晴馬は照れとは違う熱いものが心の奥底から込み上げてくるのを感じた。
「ありがとう、優悟」
そんな友人に向けて、晴馬の口からは自然と感謝の言葉が漏れていた。それを聞いた優悟ははにかむような笑顔を見せる。
「それじゃ早く帰ろう!晴馬のお陰でこうして神様の助けも貰ったんだ!明日には告るぞ!」
「うんそうだね...っておいおい待てよ明日だって!?」
「当たり前じゃんか!こんなにしっかりお願いしておいて、さっさと行動に移さなかったら神様も呆れちまうぜ?それじゃ、幸運を祈る!!」
そう言うと優悟は大股で参道を進み境内を後にしてしまった。その際晴馬に言われた鳥居をくぐる時の一礼も欠かさない。
「明日って...マジかよ」
一方の晴馬はその現実が飲み込めず、暫く薄暗くなり始めた境内に立ち尽くしていた。
そうして迎えた翌日の部活終わり。晴馬は校門の近くでそわそわしながら渚が下校するのも待っていた。
(頼むから一人でいてくれ...)
もし彼女が友人達と下校していたら。晴馬はその障壁に突撃し、そこから渚を引っ張り出さなければならなくなる。そしてそれが成功したとして、次に晴馬が貫かれるのは、障壁から放たれる好奇という名の弾丸の雨だ。それだけは、何とかして避けたい。
(......!!)
その時、晴馬は夕陽に照らされる部室棟から出て来た渚を見つけた。彼女は非情な事に、同じ部活仲間と共に楽しそうに会話をしながら着実にこちらに近づいて来る。
(マジかよ...)
再び覚悟を決めなければならなくなった。ここで逃げたら明日優悟にどんな顔をされるか。今頃同じ戦場に立っている戦友を裏切ることは出来ない。晴馬は大きく息を吸うと、出来るだけ自然な立ち振る舞いで渚達に近づいていった。
そこからの事は、正直はっきりと覚えていない。渚に「ちょっといいかな」と伝え呼び出した事も、残された女子達の黄色い悲鳴に案の定晒された事も、緊張のあまり彼女を部活棟の裏まで引っ張り出し、そこで「二年生の時から好きでした。良かったら僕と付き合って下さい」と伝えた事も、全て夢の中で起きた出来事のようにぼんやりとしている。
ただその中でも、唯一はっきりしている事がある。それはオレンジ色に照らされた渚の口から恥ずかしそうに告げられた、
「えっと、こんな私で良ければ...よろしくお願いします」
という言葉だった。
※神社での作法は以下のサイトを参考にさせて頂きました。
https://jinja-lab.com/jinja-sanpaihouhou/
「神社ラボ 神社の正しい参拝作法を詳しく解説!願いが叶いやすくなる作法やマナーとは?」
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