1-3 たぶん高熱だと思う
次の日の朝、僕は登校のバスに乗った。「桜」に着いても彼女は乗ってこなかった。彼女は今日休むらしい。おおかた風邪を引いたのだろう。
というわけで今日の図書委員は一人でやることになった。彼女のいない図書委員は寂しい。僕は淡々と図書委員の仕事を機械的にこなした。
杜山高校は、1クラス33人程度、1学年7クラス、それが3学年だ。なので21クラスあることになる。図書委員は、その21クラスがローテーションであるため、3週間に一回のペースで僕らの出番が回ってくる。そんな貴重なチャンスを、僕は今日彼女の風邪で1回分逃した。
すると、ラインが来た。急いで確認すると、彼女、佐久間言音からだった。ラインでの名前「さくま」からメッセージが一通だけ来た。
「今日は行けなくてごめん。風邪引いちゃって行けなかった。明日も休んじゃうと思うからまた明後日の放課後にでも色々話そっか」
彼女らしからぬ、人に気遣った文体だった。彼女は書くという工程を挟むなら、かなり親切な文章を生み出せるのだと知った。
ただ気になるのは、彼女が「風邪を引いた」と言った。ということは、体温がかなり上がってしまったのだと思う。彼女は、自分に厳しいところがある。というより、人に許してもらわなくてもいいと振る舞っているみたいだった。以前登校するとき交通事故が起こって、バスが遅延したことがある。もちろん僕らは遅刻して、HRを遮る形で教室に到着した。僕は「バスがおくれました」と言ったが、彼女は「すみません」とだけ言った。あるときは、日直の仕事で消すはずだった黒板が消されずに授業が始まった。日直は彼女だったが、その前の授業の担当教師に、「プリントを集めて職員室まで持ってきてくれ」と頼まれていたのだ。それでチャイムと同じタイミングで教室に帰ってきた彼女は、黒板を消しそびれた。その授業の担当教師は怒ったが、彼女は「すみません」しか言わなかった。彼女はそういう人なのだ。
彼女はそうやって、自分は許されなくてもいいという態度で生きている。責任感が強いというより、人に許される言葉を使うということを知らないみたいに。
彼女は人とのつながりをあまり大切にしていない。だから遅刻したりして教師にネガティブな印象を与えても、しょうがないと思っている。まるで「一人で生きていく」と宣言するように。「誰の助けも必要ない」と自分と他人を切り離すように。
そんな彼女が、「風邪を引いた」という言葉を使って、なおかつ「明日も休む」と言った。けっこう熱も上がって苦しいのだろう。お見舞いしたい気持ちはあった。だけど僕はただのクラスメイトに過ぎなかったし、家は知らなかった。バスの停留所の場所を知っているだけだ。
僕らの希薄な関係性に後悔しながら、僕は頑張ってラインを返した。
「ぜんぜん大丈夫!例年の1年生の出し物を先生に聞いておくよ。ゆっくり休んでね」
多分この返信で大丈夫だと思う。それからは出し物について考えていた。
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