1-2  帰る時間はズラした

「さて、じゃあちょっとしゃべろう。僕は文化祭を失敗したとき、けっこう担任からなにか言われることがあると思うんだ。僕はあの担任があまり好きじゃない。だから一応成功したいんだけど、どう思う?」


僕はかなり率直な感情をしゃべった。彼女は驚いたように、背中をほんの少しだけのけぞった。そして彼女もしゃべってくれた。


「私もそう思う。あの担任の感情で自分の時間が使われるのはいやだけど、もうしょうがないね」


僕は僕で驚いた。それは彼女の切り替えの早さにだった。彼女も少なからずこの担任のやり方に嫌気が差しているものの、彼女は次を見るのが早かった。


「今は7月2日で、夏休みは7月22日からだから、とりあえず、あと3週間をどうするか、だね」


彼女は眠そうに、というより面倒くさそうにあくびを噛み殺した。


「一回持ち帰ろ。明日図書委員あるし。やれそうなの絞ってきて、また」

「そうだね。考えてくるよ」


そこで話し合いはお開きとし、帰ることにした。彼女と、同じバスに乗ると思うが、それは彼女的にすこし気まずいと思うので、僕は「図書館に寄ってから帰るよ。また明日」と言って別れた。


彼女は気のせいかと思うくらい少しだけ口角を上げて、「また」と言ってゆっくりと廊下を歩いていった。


この学校前の停留所には、だいたい15分おきにバスが来る。僕は彼女の歩く遅さ的に、鉢合わせてしまう可能性を考えて、たっぷりと30分待ってから出発した。僕が図書館でつまんだのは、僕の大好きな小川哲の「君のクイズ」だった。


バスの中で考えていた。


彼女のしゃべり方は不親切だ。解釈を間違えない程度にいつも不足していて、呼吸が続かないかのように短く伝えようとする。必要最低限の言葉だけを選んで、相手に理解をしてもらおうとする。

彼女は入学して3ヶ月経っても友達はいない。右隣に座る女子生徒に「はよ」とだけ挨拶し返すくらいだ。彼女は母音を発音しない。自分からしゃべることはしない。

頭はいいと思う。授業中に当てられたときに詰まることも分からない仕草をすることもない。するりと答えを出して答える。

人に頼ることもしない。図書委員の仕事で、本が大量に入った重いダンボールを一度で運べないと分かると、ダンボールの中から本を数冊出して、数回に分けて行き来して運んでいた。重いダンボールに苦労していた僕は、なんとかプライドを保とうと無理して運んだ。

なのに彼女は話し方だけは、人の優しさや理解力に甘えるように、不親切にしゃべる。彼女は少し歪な人間に見えた。


ただ、僕はそんな彼女が愛おしかった。人に愛される要素はそこまで多くない彼女だったが、そうやってひとりっきりで頑張って生きようとする彼女と、目だけで会話できるようになりたいと思っていた。


バスの運転手が、「次は桜、桜」と言った。そこは彼女が乗り降りする停留所だった。外を見ると、バスの停留所の前にある書店から、彼女が出てくるのが見えた。僕がよく行く書店だった。いつも彼女に会えるかな、と思いながら行く書店には、彼女も通っていることがわかった。


僕は「希望ヶ丘」で降りて、3分ほどで家に着いた。

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