一匹狼で無口で表情が乏しくてしっかりもので愛嬌がなくてこの世の大体のことに興味がなさそうな女の子を恋愛関係とは違う形で愛でる話。

テンタクルハウス

1-1  文化祭の準備をするよ

 僕は杜山高校というところに通っている。杜山駅というほんのちょっと大きい地方都市の駅の近くにある、ただの公立高校だ。駅の近くにあるので、電車で登校する生徒もいれば、僕のようにこの街に住んでいて、バスで登校する生徒もいる。変わった点は何一つないと思うし、僕は杜山という地から出たこともないので、変わっているかどうかも知らない。


 僕には同じクラスに気になっている女の子がいる。4月にこの高校に通い始めて3カ月になるが、これまでの接点は登校のバスが同じであるということと、3週間に1回、木曜日に図書委員の仕事で図書室で一緒に仕事することくらいしかない。ただ、僕は彼女と気が合うと思う。入学式から3日後、クラスの委員会を決めると言った担任は、挙手による形式で委員会の役割を埋めていった。美化委員や風紀委員などが渋々としたペースで決まっていく中で、僕と彼女は図書委員に同じタイミングで挙手した。彼女のほうがすこしゆっくりだった。彼女が本を読むタイプの人だと分かったし、彼女が内申点のことを気にかけているのかもしれないと思った。どうやら大学に進学する気のようだと決定づけた僕は、彼女が偏差値70程の大学を受けてもいいように、その晩はダンボールの中から英単語帳を引っ張り出した。図書委員の仕事で同じになったときは、彼女は本を読んでいた。でも図書館で借りたものではなくて、ブックカバーをつけた、家から持ってきたもののようだった。


 今は7月だ。6限目の総合的な学習の時間だった。担任の教師が「文化祭の実行委員を決める」と突然言い出した。随分と早いと思うが、夏休みに丸々考えたり準備したりできるので、毎年俺はこの時期に選ぶのだといっていた。


 まず立候補するものを募ったが、もちろん誰も挙げなかった。僕らは高校に入ってまだ3カ月で、互いに様子を見てタイミングを逃すということを、4月の実行委員を決めたときから学習できていない。そこで担任は、名簿の紙面に指を置き、目を閉じて、指を適当に動かした。彼は名簿の真ん中のほうで適当に動かすことが、無作為なピックアップだと勘違いしている。そんなことをすれば、サ行やタ行から始まる生徒が選ばれるに決まっているのに、彼は気にしなかった。僕の心配がまるで無駄な思案だったと言わんばかりに、タ行から始まる僕の名前が軽々と当てられた。


 次に呼ばれたのは、僕の気になっている彼女だった。「佐久間言音(さくまことね)」と名前を呼ばれた彼女の方向を、僕は待ち受けていたような反応速度で振り返った。彼女は違う考え事をしていたのか、肩を固めて少し驚き、「表情を無くした」ような顔をした。


 前に駆り出された僕らは、まず文化祭の出し物の案をクラスのみんなから募るしかなかった。文化祭の要項もなしに、どういう条件で、どのような範囲で行うのかはわからないままで、案を受け止める材料のない僕らは、なにもできないまま、黒板に案を書くだけで残りの30分を過ごして終えた。しかし担任は満足そうに、もうやるべきことは終わった、というような顔をしていた。文化祭実行委員が決まって、あとは僕らに要項を渡せば、僕らが失敗しても「あれだけ時間があったのになぜできなかったんだ」というセリフが使えるからだと思った。


 出た案はたくさんあった。文化祭が楽しみという気持ちがあるなら、僕が当てられるかわりに挙手してほしかった。チャイムが鳴って、壇上から降りることを許された。帰りのSHRを待つ間に、彼女を放課後、自分としゃべる時間をもらえるよう交渉する必要があった。


「ちょっとごめん、今日少し残らない?出た案をまとめたくてさ」

「それはいいけど、要項ないよ?できる?」


彼女の反論は鋭かった。


「それもそうなんだけど、あとはこれからの時間配分も決めたいかなって。もちろん要項を先生からもらってからが本格的なスタートになるけど、最悪夏休み明けがスタートになる可能性があるからね」


「じゃああとでライン交換しよ」


残ってくれるということだと思う。彼女は自分の言葉の解釈を、人に頼ってしまう癖がある。たぶんそれは彼女の自覚していない部分の一つで、僕はそんな彼女の癖がとてつもなく愛おしかった。だから僕は、彼女に勘付かれないよう、彼女との会話には集中する必要があった。


「オッケーありがとう、またあとで」


SHRはすぐ終わった。僕は切り出す。


「じゃあ、ライン交換しよっか」


彼女は頷いた。


「QRコード見せて」


僕のQRコードを読み取る。すぐに「よろしく」と送られてきて、僕は「ぺこり」と文字が書いてあるなぞのうさぎのスタンプを送った。


そして彼女の机の前の席に座って、話を始めた。

 

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