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 1時間後。今、リビングのテーブルの前に座って絵を描いているところだ。すぐに手を冷やしたおかげで火傷は大丈夫だった。拓海兄さんは着替えをしてある。父と拓海兄さんが乗ってきた車に着替えが置いてあったから、それをこの家の中で着替えた。スーツ姿だった。当時彼は大学生だったが、黒崎家が創業者一族である黒崎製菓の社長秘書のバイトもしていたから、常に着替えを用意しているとのことだった。また、その時に、その社長が父のことだと知った。


「僕、お菓子屋さんの子供になるの?」

「もうなっている。お前はお父さんの子供だ。ミルキースペシャルっていうお菓子を作っている会社だ。聞いたことはあるか?」

「あるよ。冷蔵庫に入っているよ。冬だけど、チョコだから溶けるから、入れてあるんだ」

「そうか。チョコレートは好きか?」

「大好きだよ。甘い物は全部好きだけど、チョコレートはもっと好きなんだ」

「さすがはお菓子屋さんの子供だ。そうじゃないとなあ。俺も甘い物が好きだ。ケーキやクッキーを焼けるんだぞ。自分で作れるんだ」

「すごいなあ!チェリーちゃんっていう子が同じ組にいるんだけど、お祖父さんがケーキ屋さんなんだ。だから、お店で作っているところを見れるんだって。良いなあって思っているよ」

「チェリーちゃんか。お前の仲の良い子だな。知っているぞ。アメリアちゃんっていうんだろう?ニックネームがチェリーちゃんだ。お父さんから聞いてあるんだ」

「そうだよ。お父さんがアメリカ人なんだ。小学校に上がるときにアメリカに引っ越すんだ。僕、仲の良い子が居なくなるんだ。小学校ではどうしよう……」

「仲の良い子はきっとできる。楽しみにしていろ」

「うん」


 俺はスケッチブックの絵に色を乗せた。それに対して拓海兄さんが褒めてくれた。とても上手な絵だと言って。俺は花丸を書いて欲しくて、彼に頼んだ。


「拓海君。花丸を書いてよ」

「俺は絵は苦手だ」

「それでもいいから」

「分かった。こうやるんだな。赤い花丸にする。くるくるっと……。ああ……」

「あははは」

「ははは……」


 拓海兄さんが書いた花丸はいびつな形をしていた。クレヨンに慣れていなかったからだと思う。不器用な彼に対して俺は親しみを感じた。そのスケッチブックは父が保管しており、38歳を迎えた後、渡された。しかし、拓海兄さんはいない。亡くなったからだ。

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