第5話 そういう気分

 リリノは突然のことに反応できなかった。

 いきなり口づけをされるとは予想もしていなかったことで、一瞬抵抗しようと試みるが――押さえつけられてそれは叶わない。

 そして、次に感じたのは吸われるような感覚だった。


「んっ……」


 思わず、声が漏れる。

 ――吸われているのは魔力だ。

 身体に流れる魔力が減っている――少し時間が経ったところで、セシルが唇を離した。


「こういうことだけど、分かるかな?」

「ま、魔力を吸引しているということは――」

「そう、私はサキュバスなんだよ。君の魔力の質がいいことは、最初に見かけた時に分かってたからね。本当は貸しを作っておいた理由もそこにある」


 ――セシルが助けてくれた理由も合点がいった。

 つまりは、初めからリリノの魔力が目的だった、ということだろう。

 サキュバスは魔族であり、他人から魔力を得る必要がある――それが、『Sランク』の冒険者であるということは驚きだった。

 基本的にサキュバスは好戦的な種族ではなく、戦いなどには向いていないとされている。

 だが、『Sランク』――そこまで上り詰めた以上は、セシルの実力は本物に違いない。


「わ、わたしの魔力の質がいい、ですか……?」


 キスされたことも驚きだが――気になったのはその点だ。


「ああ、魔力の質というのは本人も気付けないものだからね。サキュバスにとって相手の魔力の質は重要な要素の一つだ――君はそういう意味では、かなりいい魔力を持っている。これが君を買った理由だけど、納得してもらえたかな?」

「……は、はい。その、口づけで魔力をもらう、ということですよね……?」

「別に口づけに限った話ではないよ。方法は色々あるし、口づけは比較的簡単な方法ではあるけど、効率はあまりよくないね。『えっちなこと』とわざわざ言ったのは、そういうことをすれば魔力をより効率よく得られるからさ」


 ――つまり、ただキスをするだけではなく、どのみち『えっちなこと』は必要らしい。


「――ただ、今得られた感じだけで言えば、別にキスだけでも問題なさそうではあるね」

「……? えっと、それは、どういう……?」


 リリノが疑問を口にすると、セシルはくすりと笑って答える。


「要するに、君がすでにそういう気分になっているから――問題なく魔力を得られた、ということさ」

「……!?」


 セシルの指摘を受けて、リリノは顔を赤く染める。

 ――一緒に風呂場にきて、キスをされた。

 それだけで、すでにリリノは興奮しているという意味だ。


「――さて、君を買った理由は説明させてもらったけど、どうかな。嫌がる相手に無理やりするのは趣味ではないんだけれど」

「ど、どう……というと?」

「私としては――今後も君から魔力の供給を受けたい。そのつもりで買ったけれど、強制するつもりもない」


 まさか、このタイミングでリリノに選択権を与えられるとは思わなかった。

 ただ、リリノとしては――どうあれセシルに助けてもらった事実は変わらない。

 彼女が必要だというのなら、


「……えっと、口づけで、その、足りるのなら」


 それでいいのなら、受け入れる――すると、セシルはまた、嬉しそうに笑みを浮かべた。


「ありがとう、助かるよ」


 ――こうして、リリノはセシルに飼われることを素直に受け入れた。

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