第3話 好きにする権利

「……買う、だと? 本気で言ってんのか?」

「もちろん」


 男の問いかけに――セシルは迷うことなく答えた。

 男は考え込むような仕草を見せる。

 また、リリノの方を見て――何やら決断したようだった。


「買うっていうなら、つまりはこいつの借金全額をお前が負担することになるが」

「これでもお金には困ってないのでね」

「――だろうな。こっちとしても、金さえ返してもらえるのなら文句はねえ」


 セシルが金を払うというのなら、リリノに用はない。

 むしろ、ここで変にセシルに吹っ掛けるよりはいい、そんな風にさえ見えた。

『Sランク』の冒険者――冒険者のランクは基本的に五段階に分かれており、最高位は『Aランク』とされている。

 だが、その上が存在する――冒険者ギルドによって認められた、まだ数えるほどしかいないとされる『Sランク』。

 セシルがその一人だというのなら、リリノは強運だったと言えるだろう。

 おそらく、この場にいる屈強な男達もそれなりの実力者だ――あるいは、セシルの申し出など拒否することだって可能だったのかもしれない。

 それをしないのは――それだけセシルが強いということを認識しているからだ。

 セシルは男達と何やら契約を交わしていた。

 どうやら、リリノの借金を全て肩代わりする――という内容のようだ。

 リリノはセシルのことを何も知らない。

 本来なら、ここで止めるべきなのかもしれないが――そうすれば、リリノは間違いなく助からないだろう。

 リリノが何か言おうとすると、男が睨んでそれを止めようとする。

 お前は黙っていろ――という意思が明確に伝わってきた。


「……よし。この期日までに金を払ってもらえば問題ない」

「心配しなくても、今日中には持っていくよ」

「……まあ、そうだな。心配はしていない。運が良かったな、嬢ちゃん」


 男は去り際に、リリノに向かってそう言い放った。

 本当にその通りだ――屈強な男達も続き、残されたのはリリノとセシルの二人だった。


「あ、あの……セシルさん、でよかったでしょうか」

「先日会った時は名乗ってなかったからね。まさか、こんな形で再会することになるとは思ってもいなかったけど」

「それは、そうですよね……」

「君はリリノ・ファーデル――リリノでいいかな?」

「あ、はい――どうしてわたしの名前を……?」

「さっき交わした契約書に書いてあったから」


 セシルに言われ、リリノは思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 とんでもない状況で名前を知られたものだ――そして、リリノはすぐに頭を下げた。


「あ、ありがとうございましたっ。魔物に襲われていた時も助けてもらったのに、まさか……借金の肩代わりまでしてもらえるなんて。そ、その、お金は必ず返しますので」


 リリノの借金が全て消えたわけじゃない――今度は、セシルに対して返していかなければならないのだ。

 そう考えていたのだが、セシルは優しげな笑みを浮かべて言う。


「大丈夫だよ。別にお金は返さなくてもいい」

「……!? そ、そんなの絶対ダメですよ! た、大金ですし、わたしなんかのために――」

「実のところ、君だけのためじゃないからね」

「……? それは、どういう――」


 言い終える前に、セシルはぐいっとリリノの身体を抱き寄せた。

 そして、耳元で囁く。


「私は君を買ったんだから――好きにする権利は私にあるんだ。一先ず、私の取っている宿に行こうか? こんなところですることでもないし」

「あ、え、えっと、何をするんでしょうか……?」

「分かりやすく説明すると、これから君に『えっちなこと』をしようと思う。だって、そのために買ったわけだから」

「――」


 リリノは呆気に取られてしまった。

 買われたのはその通りで、リリノはセシルが魔物から助けてくれたこともあり――全て善意でしてくれているものだと勘違いしていた。

 けれど、そう全てが上手くいくものではなくて――これから、リリノはセシルの好きにされるというわけだ。

 借金を全て肩代わりしてもらった見返りとして、だ。

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