第2話 私が買おう
「――で、生きて帰って来たのはいいことだけどよ、金は用意できたのか?」
人気のない路地裏の建物の中、強面で屈強な男達に囲まれて――リリノは危機に瀕していた。
そうは言っても、彼女は自分の意思でここにいる。
リリノには借金がある――借りた金は返すのが道理であり、それをリリノは用意できなかった。
「ご、ごめんなさい。これしか……」
先日、女性に助けてもらった際に売った魔物の素材を含め、いくつかこなした依頼で得た報酬――だが、とても返すには至らない。
「分かってると思うが、これじゃあ足らねえな」
「お、お金は必ず返しますっ」
「そんな口約束を信じるほど甘くないのも分かってるよな?」
「……っ」
それはそうだ――彼らはリリノを信頼して金を貸しているのではないし、取り立てられなかった場合には、いかなる手段を用いても金を絞り取る。
そういう奴らだと分かっていても、リリノに大金を貸してくれるのはこういう連中しかいなかったのだ。
「とりあえず、お前自身を担保にオレ達は金を貸してる。つまり――今からお前の所有権はこっちにあるわけだ。金を返せれば問題はないが、返せないなら身売りしてでも返してもらうしかないってわけだ」
身売り――それも事前に説明は受けていた。
リリノはそこまで理解していて、金を借りたのだ。
だから、怯えつつも男の言葉に反論しようとはしない。
「わ、わたしはどこに売られるんでしょうか……?」
「さてな。これから決めることだが――まあ、この国に戻ってくることはないかもしれない」
「っ、ま、まだ病気の治療をしている妹がいるんですっ」
「だから金は貸しただろ? それを返せば別にいい――できないなら、こっちだって貸さない。それだけの話だ」
リリノの事情を考えてくれる連中ではない――そんなお情けで助けてくれるなら、こうして人気のないところに呼び出されたりしないわけだ。
結局、リリノは救われていない。
ただ、あそこで魔物に殺されていたら――借りた金額の負担をするのは、妹のフィアナだった可能性はある。
彼女はまだ十歳で、入院中の身だ。
両親はすでに他界している――リリノ以外に、フィアナを救える者はいない。
「連れていけ」
男が指示すると、二人組がリリノに近づいてくる。
――どこに連れて行かれるのか、分からないがリリノは動けなかった。
ただ、リリノにできることはもうない――それだけは理解できる。
「――失礼するよ」
そこに、一人の女性が姿を見せた。
その場にいた全員の視線が送られる。
「あっ」
最初に声を上げたのはリリノだ――先日、リリノを助けてくれた女性の姿が、そこにはあった。
「何だ、てめえ。いきなり入ってきやがって」
「実のところ、彼女とはつい先日顔見知りになったもので。こんな人気のないところに向かって何をしているのかと気になったから、後をつけさせてもらった」
――つまりは、リリノが心配だったということなのだろう。
魔物から助けてくれただけでなく、こんなところにまでやってきてくれるなんて――どこまでお人好しなのだろうか。
「つまり部外者ってことだ。関係のない奴は引っ込んでな」
「関係ないことは認めよう。ただ、ここで何をしているのか気になっただけさ」
「見ての通りだよ――こいつは金を借りた。そして返せない、だからこいつの身柄はうちのもんだ」
男が簡単にリリノの状況を説明する――ちらりと、女性がリリノの方に視線を送った。
リリノは――頷くことしかできなかった。
全てが事実なのだから。
「なるほど、理解したよ。可愛らしいお嬢さんが悪い大人に捕まっているのかと思ったが」
「理解したなら出て行ってくれよ。どこの誰だか知らねえが」
「ああ、申し遅れたね。私はセシル・アルタード――そう言えば分かるかな?」
「……っ!」
女性――セシルが名乗った瞬間、場の空気が変わった。
唯一、気付いていないのはリリノだけだ。
「セシル・アルタード――あのセシルか?」
「君が想像しているセシルが冒険者のセシルなら、その通りだと思うけどね」
「……こいつは驚いた。まさか、そんな大物がこんな小娘と顔見知りとは」
ちらりと、男はリリノの方を見る。
――セシルは冒険者で、相当な有名人らしい。
もっとも、リリノはまだ駆け出しであり、冒険者についても多く知っていることはない。
有名な人物がいることくらいは理解しているが。
「――で、話の続きをしようか」
「……話の続き?」
「彼女の身柄は君達のモノなんだろう? これからどうするんだい?」
「それを聞く意味は?」
「私は彼女に一つ貸しているのでね。その身柄をそのまま持っていかれたとあっては――私としても物申しておきたいことはある」
貸し一つ――というのは、この前の魔物の討伐のことだろう。
リリノとしては感謝しているが、そのことをここで引き合いに出すとは思ってもいなかった。
「まさか、こいつからも金を借りたのか?」
「そ、そんなことは――」
「していないよ。私と彼女の貸し借りについてはどうだっていい――彼女はどうする?」
「……一々説明するようなことでもねえが、金が払えない以上は売る以外にはねえだろ」
「つまり、彼女を売る――そういうことだね」
「ああ」
セシルの言葉に男は頷いた。
そこまで説明されなくても――リリノは分かっている。
「よろしい。では、彼女は私が買おう」
セシルの言葉に――全員が驚きに目を見開いた。
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