身売りすることになったEランク冒険者ですが、何故かSランク冒険者のサキュバスに飼われることになりました

笹塔五郎

第1話 貸し一つ

 ――冒険者に憧れていたことがある。

 けれど、実際に向いているかどうかは別の話だ。


「はっ、はっ、はっ……」


 大木を背に少女――リリノ・ファーデルは追い詰められていた。

 肩にかかるくらいの栗色の髪。

 まだ幼さの残る顔立ちをした彼女は――まだ十五歳の駆け出し冒険者だ。

 ランクも『Eランク』というもので、基本的に受けられる仕事は限られている。

 ――なのに、彼女は『Cランク』以上でなければ本来、討伐できないような魔物と対峙していた。

 その素材を売ることはできる――けれど、リリノの考えが甘かった。

 そもそも、Eランク相当の魔物ですら、一人でやっと勝てるかどうかなのだ。

 このレベルになれば――簡単に命を落とすことになるだろう。

 人間よりも遥かに大きな身体を持つ――『大豚オーク』と呼ばれる魔物だ。

 姿は人に近しいが、顔つきは豚のようで、肌の色は濃い緑色をしている。

 知能はさほど高くないとされているが、武器を扱うことはできる――何より、その力は簡単に人を殺すことができるのだ。


『ブオオオオオォ!』


 雄叫び――リリノが隙を突いて放った一撃は首元を捉え、傷を負わせた。

 だが、致命傷には程遠く――大きな棍棒を振り回し、リリノはそれをかろうじてかわす。

 掠っただけでもとんでもない威力であり、華奢な身体は吹き飛ばされ――やがて大木を背に追い詰められる形となったのだ。


(……もう、逃げられそうにない)


 リリノは悟ってしまった。

 ――次の攻撃は避けられない。

 その上、受け切ることはまず不可能だ――つまり、死ぬ。

 振り上げられた棍棒は、何故かひどくゆっくりに見えた。


(ごめんね、フィアナ――)


 最期の瞬間に思い浮かべたのは、可愛い妹の顔だ。

 ――あの子のためなら何でもできると思っていた。

 けれど、それは思い上がりだったのだ。

 所詮、リリノに特別な力なんてない――どこにでもいる普通の少女で、背伸びをしたところで、できないことはできない。

 振り下ろされた棍棒は――地面を砕くほどの勢いを見せた。


「……?」


 だが、当たっていない。

 リリノがゆっくりと目を開けると、そこには見知らぬ――女性の顔があった。


「危ないところだったね」


 女性はリリノに向かって優しく微笑む。

 艶のある黒の長髪に端正な顔立ち。

 黒を基調とした革製の服に身を包んだ彼女は――リリノを抱えたまま、大木の上まで跳んでいた。


「あ、あなたは……?」

「名乗るほどの者ではないさ。たまたま――ここを通りがかったところ、魔物に襲われている君を見つけたのでね。お節介かもしれないが、手助けをさせてもらった」


 ――お節介だなんて、とんでもない話だ。

 むしろ、リリノは女性に命を救われた。

 リリノを抱えたまま、オークの振り下ろす棍棒をかわすなど、常人ではまずできない動きだろう。

 それだけで、女性が相当な実力者であることを窺わせた。


『ブオオオオオオオオオッ!』


 オークは獲物を取られたことに怒っているのか――目を血走らせて、雄叫びを上げる。

 そんな姿にリリノは思わず怯えてしまうが、


「大丈夫だよ。もう終わっているから」

「――え?」


 彼女の言葉の意味をすぐには理解できなかった――だが、目の当たりにして理解させられる。


『ブオ……?』


 オークもまた、間の抜けた声を漏らした。

 その首だけが――切断されてゆっくりと落ちていく。


「……!?」


 棍棒に潰されかけたリリノを助けただけではない――その上で、オークの首を斬り落としていたのだ。

 血に濡れた剣を振ると、そのまま女性は鞘に納めて、地上へと降り立つ。

 そして、リリノを下ろした。

 腰が抜けてしまい、その場に尻餅を突いてしまう。


「大丈夫だったかい?」

「あ、えっと、は、はいっ……! な、なんてお礼を言ったらいいか……」

「礼には及ばないさ。言っただろう、お節介だって。この辺りにはもう危険な魔物もいない――そのオークの討伐は君の手柄にしていいからね」

「え!? そ、そんなのダメですっ。あなたが倒したんですから……!」

「じゃあ、貸し一つだ。いつか返してくれたらいいよ。それじゃあね」

「あ、お名前――」


 リリノが言い終える前に、女性は颯爽とその場から姿を消してしまう。

 まるで風のよう――けれど、確かにリリノは女性に命を救われた。


「……かっこいい人。冒険者、なのかな……?」


 名前も聞けず、素性も分からないまま――貸し一つと言われても、リリノに返せるとは到底思えない。


「と、とりあえず、早くここを離れよう……!」


 安全とは言われたが、リリノは冒険者として未熟だ――全ては無理なので、オークの一部を素材として持ち帰り、売らなければならない。

 ――それでも、リリノが本当の意味で『助かった』というには程遠い状況ではある。

 何せ、彼女には借金があるのだから。

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