第3話 佐倉良樹と佐倉羽黒、そして佐倉凍狐
体育館の隅で、夏野は良樹と他愛のない話しをしていた。
他愛のない、といってもゾンビの話だ。
全然他愛じゃない。
「良樹さんはどうやって家族を連れて逃げられたんですか?」
「あぁ、うちの親は、趣味で弓やら棒術やらやってたからな…動きが鈍い連中は敵じゃないそうだ。つまりあれだ、戦闘民族みたいな…戦ってなんぼみたいな…うん、あれだ…」
「あぁ、そう…」
少しだけ遠い目をした良樹。
それを見て、納得、と夏野が頷く。
そりゃ生き残る訳だ。
「…この後どうするとか、考えがあるんですか?」
「ないな」
僅かな希望に縋った夏野に良樹はあっさりと否定する。
「考えてもみろ。こんな状態にも関わらず救助活動のきの字すらない。」
体育館には警察と呼べる者も数人いることはいるが、あれは交番勤務のだろう。
俺達は見捨てられたんだよ。
佐倉良樹はどこまでも冷静だった。
「…なら、見捨てられた私達はどうしたら…」
「さっき君は噛まれた生徒をその鉈で殺しただろう。それでいい。
君も俺も、救助が来ないならそれまで戦うしかないんだ。
来なくても、自力で。
生きるために戦えるか?」
佐倉良樹の言葉は正論だった。
殺らねば殺られる。
たとえそれが見知った者でも、家族であっても、生ける死者に成り果てていたなら、もう手遅れであるならば、1秒でも早く楽にしてやるべきだろう。
如月夏野は手にした鉈をぎゅっと握りしめた。
「おや、うちの子が可愛い子ナンパしてる」
ふと、快活な女性の声がした。
ナンパじゃない、と良樹が面倒そうに呟いてから顔を上げる。
倣うように夏野がそちらに顔を向けると、良樹と同じ紫の髪をウルフカットにした女性が現れた。
夏と言うにはまだ肌寒い時期に、黒のタンクトップに黒の半ズボンという姿の彼女は何処から持ってきたのか薙刀を手にしている。
そんな彼女の後から、良樹の物より使い古された弓矢を持った眼鏡を掛けた優しそうな男が現れた。
男性は柔らかく笑い、そっと女性の前に出ると夏野の目線に合わせるように膝をつく。
「初めまして、僕は佐倉羽黒。その子は良樹、うちの子だよ。こっちは僕の妻の凍狐ちゃん。よろしくね」
羽黒と名乗る男から握手を求められ、夏野はおずおずと握り返した。
「あの、如月夏野といいます。よろしくお願いします。」
これでお互い武器を持っていなければ平和なやり取りだっただろう。
「よろしくな夏野ちゃん。…さて、どうやって此処から出るかなぁ…」
凍狐が困ったと頭を掻く。
ここに沢山の生存者達が逃げ込んでいるのがゾンビ共に気付かれた。
ぐずり出した赤ん坊を抱いた夫婦が身を寄せ合っているのが見える。
体育館の戸はガンガンと激しく叩かれ、窓ガラスには小さくだがヒビが入ってきている。
ぶち破られるのも時間の問題だろう。
「夏野ちゃん、おいで」
羽黒が夏野に手招きする。
「これから僕たちは校舎に向かうつもりなんだけど、君も来るかい?」
「えっ?じゃあここの人達も一緒に…」
「それは無理だよ」
夏野がおろおろと辺りを見回すが、冷たい声が羽黒の口から飛び出した。
「校内にこれだけ逃げ込んで来たらどうなると思う?災害時の備蓄だって限られてるし、生き残るには全員は無理だ。何よりここで足を止めてるゾンビ達までついてきてしまうからね」
それにね、と羽黒は夏野の目を真っ直ぐに見た。
「君はさっき噛まれた女の子の頭を鉈で割っただろう。もしここに残るなら君はあまり良い目で見られないのを覚悟しなさい」
そんな事を言われては夏野は何も言えやしなかった。
ぎゅっと唇を噛んで俯く。
見かねた良樹が、だが俺たちに無理に付き合わせる必要はないだろうと羽黒に言うが、彼女の心は決まっていた。
「私も、一緒に行きます」
「うん、決まりだ。」
他の奴らに勘付かれる前にとそっと、体育館の裏口の戸をゆっくりと開けて外に出る。
ゾンビ達は体育館の中の人間に興味があるのだろう、裏口から外へ出た夏野たちには見向きもしない。
「本当ならこのままゆっくり散歩でもして帰りてぇとこだがよ」
凍狐が囁くように言う。
「町中ゾンビだらけじゃあ流石になぁ」
佐倉凍狐はゾンビに聞こえないように苦笑いしながらボヤいた。
まぁそもそも避難所に学校の体育館が指定されてる辺り町はもうゾンビで溢れているのだろう。
体育館裏口から外に出て、現役学生のが校内のあれそれが分かるだろう、という理由だけで半ば無理矢理良樹が先導する形になり、そして一階の渡り廊下でそれを見つけた。
恐らく誰かがゾンビが出現する前に換気のため開けたのだろう、窓がわずかに開いている。
そこからまず良樹がゆっくり窓を開け、外から上半身を窓枠に乗り上げる状態で渡り廊下を覗き込む。
幸いにも無人であり、血の跡すらもない。
先に良樹が窓から渡り廊下へ下りる。
続いて夏野、凍狐、羽黒の順で渡り廊下から無事に校内への侵入を果たした。
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