第4話 体育館
如月夏野と佐倉一家が体育館を後にしたその頃。
ばん、ばんと体育館の硬い扉を叩く音がひとつふたつと増えていく。
静かにしていればきっと大丈夫だと、体育館に留まった彼らは息を殺し、じっとしている。
ばん、ばん、ばん。
戸を叩く音はどれくらい続いただろうか。
その内に「うゔぁ…」と人のそれでは無い呻き声が聴こえたかと思えば、ズルズルと何かを引き摺りながら歩き去っていくのか緩やかに音や声が遠ざかって行く。
体育館に籠城していた誰もが安堵の息を吐いた、その時だった。
「ふぇ…ふえぇぇぇぇん!!」
突然赤ん坊の泣き声が響き渡り、胸を撫で下ろした筈の大人達に緊張が走る。
ばっ、と一斉にそちらを見やれば、まだ若い夫婦が突然泣き出した赤ん坊を必死にあやしている。
これが普段の何でもない時なら一緒になってあやしてやるが、今はダメだ。
ズル、ズル、ズル…
ばん、ばん、ばん、ばん
戻ってきた。
戻ってきてしまった。
一度は離れていったはずの死体の群れが、赤ん坊のせいで、また戻ってきてしまったのだ。
次第に増えていく、戸や窓を叩く音。
呻き声がまるで合唱のようだ。
その尋常じゃない状態を赤ん坊なりに感じ取っているのか、もっとわんわんと泣き出す。
それに興奮したのか窓や戸を叩く勢いが激しさを増していく。
「出ていきなさいよ!!」
突然ヒステリックな声が響いた。
松村だ。
「あなたたちが赤ちゃんなんて連れてくるから!泣き止ませないから!ゾンビ達が集まってくるんじゃない!!出て行って!!出て行ってよ!!」
「松村さん落ち着きなさい!」
赤ん坊を抱いている若い夫婦を指さして騒ぐ松村を担任の遠藤麻美が後ろから押さえ込むようにして引き離す。
「怖いのは分かるわ、だからこそ皆で協力し合わないと。ね、分かるよね松村さん」
「だって先生!!」
体育館の端で松村を何とか宥めようとする遠藤と、狂ったように叫び散らかす松村の声がする。
他の生存者たちは松村の言う通りだと若い夫婦を責めだした。
「すまないが、赤ん坊連れは出ていってくれ」
「っ、ま…待って下さい!!泣かせてしまったことは申し訳ありません!謝りますから見捨てないで…!こ、ここを出されたら僕たち一体どうしたら…!!」
杖をついた細身の老人が申し訳なさそうに、若い夫婦へ近寄ると出ていくよう促す。
困るのは夫婦の方だ。
赤ん坊を必死に泣き止ませようとしている妻の代わりに、人の良さそうな夫が何度も、すみませんすみませんと頭を下げて、ここにいさせてくれと頼み込んでいる。
「…気持ちはわかる。だが、お前たちのために儂らまで巻き添えを食うのはごめんだ」
すまん、と首を横に振る老人に夫はそんな、と絶望に満ちた声を漏らした。
「…どうしてもここにいたい、というんなら、お前ら…その赤ん坊を外に投げろ」
「………は?」
「死体共はどうしてだか音に反応しよる。現に赤ん坊が泣き出した途端また集まってきたろう。……儂らもこんな事は言いたくないが、分かってくれ。お前らの都合で、儂らまで地獄を味わうのは…な」
言うだけ言ったのか、老人は夫婦から離れていった。
残されたのは泣く赤ん坊とあやす母、そして究極の選択を迫られた父だった。
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