第2話 佐倉

ゾンビはなりたくないと言っていた女子生徒の頭を脳天から鉈で叩き割ったのは前の晩。

その日から如月夏野は肩身の狭い思いをする事になった。

もちろん、そうしなければあの生徒は時期にゾンビとなり避難所の人間を襲っていただろう。


夏野は避難所の体育館の隅に座って鉈をハンカチで拭いている。

これは彼女の唯一の武器だ。

正しい方法など知らないが、手入れはせねばならない。


「おい」


不意に掛けられた若い男の声に鉈から顔を上げれば、そこには紫の髪をした青年がいた。

とても整った顔をしている。

薄紫のタートルネックを着たその青年の服にも返り血と思しき赤黒い染みが付いていた。

右手には濡れタオル、左手に弓、背中に矢筒とズボンのベルトにはドライバーが差し込まれている。


「ゾンビや感染者の血を浴びたままにしておくな。万一の事がある。」


「…あ…ありがとうございます。」


夏野は鉈を一旦横に置くと差し出された濡れタオルを受け取り、顔に付着した血をいそいそと拭き出す。

乾いた血はどす黒くなっており、せっかくの綺麗なタオルはあっという間に汚れてしまった。


「あ、の…すみません…タオルが…」


「ああ、いいよ別に」


使い終わったそれを申し訳なさそうに差し出すと、紫髪の青年は気にした風もなく、ズボンのポケットからゴム手袋を引っ張り出し手につけると、血に汚れたタオルを受け取りそれをビニール袋に入れるなり、ぎゅっとその口を縛った。


「一人でここまできたのか?」


「…は、い。母がゾンビになって、父が私を逃がすために…その……」


「…すまん、嫌な事を言わせた」


夏野の隣に腰掛けた青年は申し訳ないと頭を下げるものだから、夏野が焦ってしまう。


「いえ、いいんです。気にしないで下さい…それより、えっと…お兄さんのご家族は…」


「俺の家族は無事だ。

体育館のどっかにいるよ。…それより、さっきの鉈の一撃見てたけど迷いなくていいな、それならアンタ生き残るよ」


と、そこまで話して青年がハッとする。


「ああ、まだ名乗ってなかったな。

俺は佐倉良樹。藤見高等学校3年。生き残り同士、まぁよろしく頼む」


「私は、如月夏野。藤見高等学校1年…よろしくお願いします…」


如月夏野は母がゾンビになり父を喰われ、道中ここに来るまでに顔見知りの変わり果てた姿を何十も見て、正直どうにでもなればいいとすら思ってもいた。

死にたくはないがこんな世界で生きていたくもない。

そんな感覚だ。

しかし、自分と同じ藤見高等学校の生徒の生き残りに出会えたことで、ほんの少しだけ希望が見えた気がした。


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