第2話 悪い噂の彼と、絶対的な安心感

 ファストフード店を一歩外に出ると、焼けつくような太陽の陽射しとじわりと汗が滲むほどの熱気と湿度が襲いかかって来て、冷房で冷やされた三人の体は、一瞬で精気を奪われた。


「あっっっっちぃぃぃ~~っ」


 すかさずあらたがYシャツの胸元を掴んでパタパタとし始める。


「朱里、眠い? なんか、今日は朝から目がとろんとしてる気がする」

「う~ん、期末が終わってから海外ドラマを観たり、漫画を読むのに夜更かし気味が続いてるからかな」

「そういうのは、夏休み入ってからにしろよ。この暑さの中、寝不足だと倒れるぞ」

「分かってるよ」


 新の言葉にムスッとする朱里。

 自宅がある地域の高校に進学した三人は徒歩で通学していて、高校が駅近というのもあって、寄り道する時は駅周辺のお店に行くのが定番。

 歩きながら他愛ない会話をしていると。


「痛っ……、ちょっと急に立ち止まんないでよ」

「あ、ごめん。……あれって、例の噂の……?」

「ん?」


 朱里の数歩前を歩いていた新が立ち止まったことで、朱里の顔が新の背中にぶつかった。

 そして、三人の視線がとある人物へと向けられる。


「あの噂って本当だったってこと?」

「うーん、どうなんだろうな。こうして実際見てみると、なんかそれっぽい雰囲気があるっちゃーあるけど、普通に年の離れた恋人にも見えなくねーな」

「……うん。お金でデートしている風には見えないかな」

「季節限定のさくらんぼソフトだぁ!」

「気になるの、そっちかよ」


 三人の視線の先には、クラスメイトの速水はやみ紫生しゅうが、制服姿で中年の女性と腕を組んで歩いている。

 『ママ活』をしているという噂が有名で、常に年の離れた女性とデートしているというもの。

 綺麗めなワンピースを着ている女性は、見た目四十歳くらいの女性だ。

 ウェーブのかかった髪にメイクもバッチリ施されていて、五センチを超えるヒールを履きこなしている。

 駅前のソフトクリーム専門店の夏季限定さくらんぼソフトクリームを手にしている紫生しゅう

 朱里の視線は二人ではなく、ソフトクリームにロックオンらしい。

 大粒の佐藤錦が上に乗っていて、それを頬張るように一緒にいる女性が口へと運んだ。


 陰口を叩いたり、噂を広めるようなことが嫌いな新。

 家庭状況がちょっと複雑な萌花は、他人様のことをとやかく言うこと自体が嫌いだ。

 朱里に至っては、あまり他人のことに興味が湧かないというか、気にしないというか。

 この三人に限っては、悪い噂など、色眼鏡で見たりしない。


 堂々と紫生の腕に腕を絡ませる女性を眺めていた新は、『普通にお似合いじゃね?』とぼそっと呟いた。

 相思相愛とも見える、幸せそうな二人。

 例え年齢が離れていようが、周りが口を挟むことではないと改めて感じた新と萌花は顔を見合わせ、再び歩き出した。


「次のバイト休みの時に買ってやるから、帰るぞ」

「ホント?」

「あぁ」


 じーっと羨ましそうにソフトクリームをガン見していた朱里に餌をチラつかせ歩かせる。

 これもいつものこと。

 朱里は気になると、気が済むまで集中してしまう性質だからだ。

 そんな朱里の操縦術を会得している新は、実は朱里のことが大好きで、こういうやり取りを楽しんでいる。

 可愛い子犬にメロメロといった感じで、無鉄砲なことをしても、ついつい甘やかしてしまうのだ。


「脳みそが、プリンになったみたい」

「熱中症? あそこのコンビニでスポドリ買って来ようか?」

「いや、違うっぽい」

「え?」

「いつものコイツなら、アイス系で例えると思う」

「……プリンって言ったね」

「朱里? 揺れてる感覚?」

「……あちこち痛い」

「おっ……、何気にまともな答えが返って来た」

「ヤバくない?」

「マジでヤバいかも」


 会話がまともに噛み合う時、朱里が相当ヤバい時だ。

 普通の人と感覚が違うから、こうしてまともな答えを返す時は、危険信号だと把握している二人。

 萌花は朱里の荷物を持って、新は人目も憚らず、朱里をおんぶした。


「コイツ、めっちゃ熱い」

「あそこの自販機で冷たいもの買って来るね。先行ってて」

「おぅ」


 朱里の自宅へと向かう新。

 背中から伝わる朱里の体温に焦り始める。

 普段から自分のことをあまり喋らない朱里は、時々こうしていきなり不調を訴える。

 もう少し早い段階で不調を零してくれていたらいいのにと思うが、そういう性格なのだから仕方ない。


 自動販売機でペットボトルのお水を買った萌花は、暑い中必死に走って追い付いた。


「朱里? お水だよ? 一口飲める?」


 蓋を開けた状態で口元に運ぶと、少し零しながらも一口口に含んだ。


「二人とも、……ごめんね」

「いいから、黙ってろ」

「……ん」


 朱里は新の背中に体を預け、意識朦朧としながら、二人の優しさを噛みしめていた。

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