第3話 失敗

僕は、入部初日に人を殴った。


まだコートに入れない僕たち1年生は、草むらで“なんちゃって練習”をしていた。

ネットなんてない。地面に足で線を引き、そこをネット代わりにボレーボレーをする。

たまにボールが逸れて、草にまぎれて見つからなくなると、誰かが「うわー逃げた!」なんて騒いで笑っていた。


周りには、知らない奴ばかり。

その中にいたのが、怜司だった。


彼は同じ小学校出身ではないけど、魁登とはつるんでいるようだった。

魁登は僕の小学校の同級生。口を開けば誰かをバカにし、妙に威圧的な態度を取る、苦手なタイプだった。


「おい、そろそろ玉拾いなー」


コートから先輩の声が飛んでくる。

草むらでの“練習”はそこで終了となり、僕たち1年生は全員で球拾いに向かった。


……そこから、僕はずっと玉拾いだった。


ラインの外でボールを拾ってカゴに入れるだけの毎日。

ボールを打てるのは、先輩だけ。

自分の順番が回ってくることはなかった。


そんなある日、事件は起きた。


いつも通りボールを拾ってかごに入れようとしたその時、怜司が突然、ボールの入ったカゴを蹴った。

カゴはバランスを崩して倒れ、ボールが四方八方に散らばる。

その瞬間――


「うわー!蒼、何やってんだよ!」


わざとらしく叫ぶ怜司の声が響いた。

周囲の1年生たちがこちらを見る。何人かはくすくす笑っている。

先輩もこっちを見ていた。

僕の中で、何かがプツンと切れた。


鈍い音が響いた。目の前には右頬を押さえて涙目になっている怜司がいた。

気づいたときには、もう遅かった。

その場の空気が一瞬で凍りつく。

怜司は倒れなかった。でも、無言で僕を睨んでいた。


僕も何も言えなかった。言葉が出てこなかった。

ただ、胸の奥がずっとざわざわしていた。


初日から誰とも話せなかった。

無視されてるわけじゃないのに、誰も話しかけてこない。

ラケットを握ったって、打つどころか球拾いしかさせてもらえない。

草むらで、意味のあるのか分からない練習をしながら、

「自分だけが本気でやってる」気がしていた。


それを笑われた気がした。

自分だけがズレてるような気がした。


そして、それが怖かった。


初日からこんなことがあって、「もう無理かもしれない」と思った。

でも――それでも、僕は部活をやめなかった。


帰り道、一人で素振りをしながら歩いた。

人通りの少ない神社の横の坂道で、

ラケットを握りしめ、力いっぱい振った。


うまくなりたい。

強くなりたい。

見返したい。

自分自身を。


あの日、拳で訴えたかったのは、誰よりも僕自身だったのかもしれない。

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