第5話 君に伝えたいことがある
今朝学校に一緒に行っていると、昨夜のことはなにもなかったように朔也は普通だった。
少しムッとした。
―――――いや、別にいいんだけど。
でもね、なんかね、なにもかも全てがずるいのよ。なにがずるいかなんてわからないけど。
でも、なんとなく一緒に歩いているとき、少しだけ距離が近いような…?
喋り口調もなんとなく優しいような…?いや、それは元からか?
でも少し変わったと思うのは、いつものお昼の時間のとき。
いつも通り、彼のクラスメイトから「彼女のお誘いだぞ〜」と茶化されるのだが、朔也は、うるさいとは言わずに、はははと笑うだけ。
そして、登校中には気が付かなかったのだが、朔也がアクセサリーをつけ始めた。ネックレスと指輪。いきなりおしゃれにでも目覚めたのだろうか。それにしてもいきなりすぎないか?
も、もしかして、好きな人ができた…?
だ、だってね、確かに「この私の気持ちは朔也のと同じでずっと前からそれを感じてる」って言ってたもんね!?それが私に対してとは限らないもんね!?
だったら、なおさらずるいんだけど?!
そしていつも通り、帰ろうと教室に行くといつもの男子がいて、いつもの言葉を言われると思ったが、今日は違った。
「あ、彼女ちゃんじゃん。さっきね朔也どっか行っちゃって、中身見るなって言ってこの紙切れ渡されたんだけど、多分彼女ちゃん宛てだから見てもらえる?」
そう言ってその男子は私に手紙をすっと渡す。「じゃ俺はこの辺で!」とだけ言って教室を出ていった。
手紙には、『俺の教室 午後5時』とだけ書かれていた。
時計を見ると、午後5時まで残り5分を切っていた。
この教室でなにがあると言うのだろうか。
連絡アプリがあるのになぜわざわざ手紙を使って私をおびき寄せるような真似をするのか。
でも私の体は主である私よりも先に知っているかのように、ソワソワしている。
そんな落ち着きのない空白の5分が経ち、教室のドアがガラガラと開き、現れたのは朔也だった。
「おまたせ。」
朔也は、教室に入ってきてから一度も目を合わせない。それどころか、声が震えているように感じる。
「……別に、待ってないよ。」
私は、黒板の方を見て、立ち尽くしていると、朔也が私の目の前に新発売のあのドリンクを置いた。
「の、飲んで少しゆっくりしてて。」
まだ目を合わせずに朔也はそう言う。
私は状況がよく飲み込めないまま、ドリンクを受け取った。
うん、美味しい。
時計を見ると、午後5時8分。
朔也が来てから、早くも8分経ったらしい。
沈黙の時間がずっと続いたので、そろそろ私も口を開こうと思った瞬間だった。
「椎名琴葉」
「んぇ」
いきなり朔也にフルネームを呼ばれたもんだから、全く可愛げのない変な声が出てしまった。
「…あの、」
朔也は何度も口を開けては閉じてを繰り返し、そのたびに私の鼓動は炭酸以上に弾けているように感じた。
私の顔は今ほんのり赤いと思う。だって、朔也の耳が真っ赤だから。
でもね、私は言いたいことがある。
「朔也」
私がその名前を呼んでも、彼はこちらを向かない。でも、後ろ姿からでもすごく驚いているのが伝わる。
「きっとね、朔也が緊張して言えないことは私も同じだと思うんだ。私だってね、最近それに気づいた。」
朔也は、やっと振り向いて、
「……琴葉も…おな……じ……?」
とやっと口を開いた。
私は小さく頷いた。
言葉にできなくとも、その気持ちは痛いぐらい伝わっている。逆に、言葉にしてしまったら、完全に認めて、名前のないこの感情に命を灯してしまうことになる。
きっと、私も彼もそれを望んでいない。それ以上でもそれ以下でもない。でも―――
心が通じ合っているんだから、もう、それ以上なんじゃないだろうか。
言葉にしない優しさは時には苦しいくて心を締め付けることもあるだろう。
でも、言葉にしなかったからこそ――――
私達は今、ここにいて、心で通じあえている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます