6 【長谷部教授の研究資料①】

【長谷部教授の研究資料】《萱原村口承説話集成》第一節


青き眼のスルガと白駒の神話

――編纂資料に基づく再構成――


「白駒(はくく)ヲ炎ノ舟トシテ、湖上ニ返シ、天ヲ仰ゲテ祈ルコト、三日三夜。青ノ眼ハ祝福ト災厄ヲ背負ヒ、天ヨリ来リテ水ニ還ル」(『天下論久々巣(てんげろんくくす)』より抜粋)



1.十三世紀、異邦より来たる者


 いまよりおよそ七百年前――十三世紀のこと。

 山と湖に囲まれた閉ざされた地、萱原村に、一人の異邦の青年が流れ着いた。


 彼の名は、後世の村伝承において「スルガ」と呼ばれる。

 その瞳は空の色のような青色を宿していた。

彼は馬とともに現れた。全身を白毛に覆われた仔馬は、どこか神々しさすら漂わせていたという。


 スルガは異なる言葉を話し、村人にはその出自も正体もわからなかった。

 当初は恐れられたが、やがて彼の寡黙さと穏やかなふるまいに村人たちは心を開き、ひとりの娘と心を通わせるに至る。



2.火と馬――白駒の伝説


 ある日、村を襲った山火事が村の命運を脅かした。

 炎は田畑を焼き尽くし、山から吹き降ろす風が火を煽った。誰もが逃げ惑う中、スルガの連れていた白い仔馬が炎の中に飛び込んだ。


 それは信じがたい光景だった。

 馬が火の中を駆け抜けた直後、炎が霧のように消えていったという。

 この出来事により、村人たちは白馬を「火を鎮める神の使い」として祀るようになった。


 後に、この馬を象徴とする存在は「忌火神(いみびのかみ)」と名づけられ、炎・浄化・再生を司る神格として村の信仰に組み込まれていく。



3.水へと還る――青き瞳の子と久々巣のはじまり


 スルガと村娘のあいだには、ひとりの子が生まれた。

 その子もまた青い瞳を持ち、肌は白馬と例えられるほど白かった。


 しかし数年後、村に再び大きな災い――疫病と水害が重なる異常な年が訪れる。

伝承によれば、青き瞳の子は自ら湖へ身を投じたという。

 すると嵐はおさまり、疫は村を離れた。


 この出来事は村人に「水神の受け入れと鎮めの儀」として深く記憶される。

 以降、青き子は「雨水神(うすいのかみ)」、すなわち豊穣と浄化をもたらす神格として祀られるようになった。



4.スルガの死と「久々巣」の由来


 子を喪ったスルガは、しばらく村で茫然と過ごしたのち、衰弱し、静かに命を落としたという。

 彼の遺骸と、白馬の骨から作られた琴は、村の湖畔の近くに埋葬されたと伝えられる。


 その地はいつしか「久々巣(くくす)」と呼ばれるようになり、今日に至るまで村祭の祭場として扱われている。


 久々巣は、祭りの当日とその前後以外は禁足地とされている。

 これは、スルガの遺体が正確にはどこに埋められているのか不明であるためであり、**「うかつに踏み入れば祟りを招く」**と村人の間では今も語られている。



5.『天下論久々巣』よりスルガの出自に関する一節


 古文書『天下論久々巣』には、以下のような一節が残されている。


「火ヲ従ヘ、水ニ還ル蒼キ瞳ノ男、カゼノ原ヨリ渡リ来ル。銀ノ鞍ト草ノ矢ヲ携ヘ、ウマト共ニ、山ヲ越エ、谷ニ留マル」


 この「カゼノ原」という語彙や、「銀の鞍」「草の矢」などの描写は、ユーラシア草原地帯に見られる遊牧騎馬民族文化を彷彿とさせる。


 これにより、スルガが中央アジアからモンゴル西部にかけての草原地帯出身である可能性がある。


 また、別地方にて「青い目を持つ青年が一村に留まれず去った話」や、「商人が青き瞳の異人に命を救われ、白馬を贈ったという口承」も複数確認されており、スルガと同一人物、もしくは同系の文化圏から来た集団の伝承であると考えられる。



6.現代に残る祈りのかたち


 現在でも萱原村の家々では、玄関先に木彫りの白い馬の小像を飾る風習がある。

 これは、忌火神・雨水神・大地神の三柱の守護神に対する祈りであり、かつて村を救った白駒とその主・スルガの魂を慰め、再び災厄が訪れぬよう願う行為である。


 毎年夏に行われる「焚駒祭(たきごまさい)」では、藁と木で作られた巨大な馬を湖に浮かべ、火を灯して流す。

 これは火神への浄化、水神への捧げもの、大地神への魂の還元――三柱の神に向けた総合的な供儀として位置づけられている。


 それは、忘れてはならない記憶。

火と水と土を巡る物語。

 そして青き眼の異人が残した、静かな祈りの形である。

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