3 【事情聴取記録】萱原村災害_天野 七斗 8月24日

【事情聴取記録】萱原村災害_天野 七斗


記録番号:S-74-0881

日時:1974年8月24日 午後3時15分〜3時32分


対象:天野 七斗(あまの ななと)

年齢:23歳

性別:男

職業:大学院生(早智大学大学院 文学研究科 民俗学専攻)


担当:刑事第二課 多聞 礼三(たもん れいぞう)警部補



聴取開始:


多聞:

それでは天野さん。もう一度確認させてもらいたい。

あなたはなぜ、あの日、萱原村を訪れたんですか?


天野(うつむき加減。声は細く、感情が読み取りづらい)

……長谷部教授の死に、不自然な点があったからです。


多聞:

教授の死は、急性アルコール中毒と聞いていますが?


天野(首を小さく横に振る。視線が宙を彷徨う)

確かに……公式には、そう。でも、あの人は……お酒で命を落とすような人じゃなかった。

最後に教授と会った時「友人に会う」と言っていました。その後に調査記録が……消えたんです。


多聞:

調査記録?


天野:

「萱原村」に関する……調査記録……報告書、写真、録音テープ……全部、入ってた。

最初は教授が持っていったのだと思いました。

だが教授は持っていなかった。

あれは……あれは盗まれた。教授の死と村の因縁……繋がっているんです。

僕が行かなきゃ……行かなきゃならなかったんです。


多聞(筆記を止め、顔を上げる)

教授の死は他殺だと考えているんですか?


天野(目を見開き、唇が震える)

断言は……できない。

けど、“何か”がいる。“何か”がいた。

あの村……空気が……重くて……骨に染みるような……“目”が、ある。


(※ここから、声がだんだん上ずっていく)


天野:

『天下論久々巣』……燃える馬……藁の匂い、灰の味……火の音が……笑ってた。あいつら、笑ってたんだ……!


多聞(低く)

天野君、深呼吸して。落ち着いて、順番に話してくれ。


天野(急に静かになる)

……私が見たんです。

祭りで……焼かれる“馬”。

中にいたのは……子供じゃなかった。違う、違う……でも、声が……泣いてた、誰かが……!


(※急に早口になる)


天野:

赤い布、白骨、久々巣、青い目、あの娘、あの音、あの骨の音、夜、夜に鳴る、カンカン……!


多聞:

天野君、君は災害の時にどこで何を……


天野:

“ククス”。“ククヘス”。……空に帰る道……青い場所……“くくす”の中に……いるんです。

スルガ、いやシュールガが……あの人が……!


(※椅子を蹴る音、ガタンと大きな物音)


天野(絶叫)

まだ! まだ馬に乗ってる!!

あの子が、“お父さん”って……呼んだんだ!!

白馬が燃えて……目が、開いてて……笑ってて……笑ってて……!!


多聞(立ち上がりながら)

天野君、落ち着け!


天野(壁に後ずさりながら)

戻ってくる……! 戻ってくるんだ……あの“祭り”が……!

みんな焼かれる! また藁で、また火で、また……!!



[記録:天野氏、錯乱状態。医師を呼び鎮静処置。会話不能状態へ移行。以後の発話は意味を成さず。]



備考

・対象は極度の心理的ストレス下にあると判断され、正確な供述能力に欠ける。

・“青い目の子供”、“藁馬による儀式”、“久々巣(くくす)”と呼ばれる神域の存在等、断片的ながら村の異常な風習を示唆する供述あり。

・今後の村落信仰・習俗に関する専門的分析が求められる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る