第2話 上杉謙信


 頭が真っ白になった。


 この人…今…なんて────。


 俺が口を「かぽーん」と大きく開けていると様々な声色が飛び交う。


「えっ!」「この小僧が!?」「殿、何を根拠に…」


 家臣達──でだろう、各々ザワザワと騒ぎ出した。この様子だと、この者たちも俺の親父を知っているらしい。


 家臣たちは俺と「殿」に視線を往復させる。


「ん?…違ったか?」


 殿は眉を歪ませながら聞いてくる。良い心地の低音が、俺に飛んでくる。


「…」


 声は出なかったが、何とか頷くことは出来た。


 頷いた俺を見て「殿」と再び破顔させる。


「やっぱりか!!」


 良かった、間違ってなかった、と大きな声で笑って、手に取っている盃に口をつける。


 その言動に周りの家臣たちも俺をじっくりと見る。


「そうなのか?」「本当に春吉殿の御子息?」「言われてみれば····似ている····か」「しかしなぜ?」「ならこの小僧にあの男の借りを返させてやるか!?」「待て、俺に先に仕返しさせろ!」


 何やら物騒な事を言っている家臣はいるが…。


 今はそんなのはスルーだ!なぜ、親父の名前がここで出てくる!?


 困惑の顔を全面に出していると「殿」は周りの家臣に頼み込む。


「皆、すまんが彼と二人にしてくれないか?…あと縄を解いてやって」


 それに今日はもう遅いし、解散しようぞ、と殿は両手をヒラヒラと振る。

 それを聞いた右隣りにいる家臣がそれに異を唱えた。


「で、ですが殿…まだ確証もなければ、何か危険な物を持っている可能性も…」


「…なあ…頼むよ」


 笑顔は消えてない。

 目も口元も笑ってる。

 なのにさっきよりも更に低い声のせいかなのか。

 言葉に威圧感を感じた。


「っか、かしこまりましたっ!」


 反論した家臣は深々と頭を下げ、他の家臣に直ぐに帰るように指示を出し、広間の外へと消えた。他の家臣達も我先にと広間から出ていく。俺を連れてきた男が急いで巻き付いている縄を解く。小声で「すまなかった」と頭を下げてから同様に消えていった。


 開放された腕をさする。跡が少し残っていた。


 腕から「殿」に目を移すと、丁度、盃で酒を煽っていた。


 二人だけになったせいか、余計にこの広間が広く感じられる。


 無言の二人が対峙した。


 暫しの静寂。

 

 先に口を開いたのは「殿」だった。


 盃を床に置いてから口を開いた。


 「あー…あれだ…一応、君にとっては『はじめまして』になるから自己紹介するか」


 そう言って「殿」は正座をし、背筋を伸ばして真っ直ぐに俺を見つめて告げた。


 「上杉謙信です。ここの城主です。よろしくお願いします」 


 低音の…覇気のある声が俺に降りかかる。


 「っ!…き、北春喜ですっ!…こ、こちらこそ、よ、よろしくお願いしますっ!」


 何をお願いするのか分からないが、反射で腰を折る。


 両手と額を床に付けていると、謙信は気分が良くなったのか今までで一番大きな声で笑い出す。


「まあ、気楽にいこう。春吉はもっとフランクだったぞ」


「は…はぁ……」


 あの「上杉謙信」が「フランク」とか言ってる。

 戦国時代にそんな言葉なかっただろうに。


 どーなってんだ…。本物なのか…?


 頭がぐるぐるする。


 しかし、俺の混乱など彼にはどうでもいいことらしい。

 口元を緩めて「上杉謙信」は馴れ馴れしい感じで聞いてきた。


「で?どうやってここに来た?」


「…え?」


「だから何をしたらこの時代に『転移』したのかを聞いている。一応、本物の『春喜君』か確かめないといけないから」


 酒を飲みながら謙信は聞く。


 俺は床に視線を落とす。


 どうやってって言われても…。


「…」


 ありのままを話すか。まだしっかりと考える頭も働かないし…。


 馬鹿げた話であると思いながらも経緯を説明する。


「…親父の部屋にあった、この城のプラモデル…えっと模型でいいのかな?…この城の模型の箱を開けたら…この世界に?…時代に?…きました…」


 途切れ途切れの俺の説明を聞き、謙信は頷きながら満足そうに聞いていた。


「うんうん。本物だ」


 笑みを崩さずに謙信は続ける。


「それが『そっち』からこっちの時代に飛ぶための『トリガー』だからね」


「…『トリガー』?」


 不意に出てきた横文字に首を捻る。


「まあ、その辺はまた追々話すとして…」


 徳利から盃に酒を継ぎながら謙信は続ける。


「何で親父の部屋にいたの?」


「えっと…それは…」


 詰まった俺に謙信は「待った」と言わんばかりに手で制した。


「いや、大体想像がつく。父親はるよしがいない間にこっそりと部屋に入って物色でもしてたんだろ?」


「…あたりです」


「はははッ!そうだろ!そうだろ!やっぱりな!面白いものを求めて何事にも後先考えずに突っ走る…」


 上機嫌で謙信は言い放つ。


「そういうところは本当に春吉に似ているなっ!」


「うっ!」


 先ほど──であっているかわからないが夕飯後に婆ちゃんから言われるのを回避した言葉──。


 俺が言われて一番嫌な言葉。



 それは『親父に似ている』と言われること──。



「ん?どうした?」


 ショックを受けてのがわかったのだろうか。謙信が俺の顔を覗き込もうとしてくる。


「いえ、何でも····」


 ショックだったが、お陰様でいつもの調子に戻ってきた。

 頭も徐々にだが回るようになってきたのがわかる。皮肉なことに。


 謙信の笑みを見ながら考察する。


 この様子だと親父とは結構仲が良いみたいだな。ここまでの会話からして間違いないだろう。


 ふう、と一息ついてから思考を巡らせる。


 ──まず、ここが何処なのかを知りたい。例えここが夢の中…だったとしても。


「あの…上杉さん?」


 意を決して放った言葉に謙信が苦笑いした。


「謙信でよい」


 なんか烏滸おこがましい気もするが…。

 でも本人が言うんだ。うん。なら仕方なし。


「…では謙信さん。…尋ねてもよろしいですか?」


「ん。ひとつだけな。なんか眠くなってきたし」


「…」


 ケチだな…。俺の好きな武将はこんなにケチだったのか…。


 不満が顔に出ていたのだろう。謙信は「ふふ」と声を漏らす。


「すまんな。君にはもっと優先的に話したい事があってな」


「は、はぁ…」


 何だろうかと考えてしまうが、先ずは聞きたいことを聞いてからでも遅くはないだろう。


 少し出鼻をくじかれたが、背筋を伸ばして聞く。


「では…質問ですが…ここは戦国時代で間違いないですか?」


「うん。恐らく」


「そうですか」


「はい。おしまい。今度は私のターン」


 はやっ!早くないですか、俺のターン!しかも「恐らく」って…。全く情報を引き出せなかったんですけど…。


 不満顔の俺を無視して謙信はコホン、と咳をした。


「それでは今度は私から……君に一つ頼みがある…」


「…頼み…ですか?」


 うん、と目をつぶり腕を組んでから、謙信は独り言をブツブツと言い出す。


「父親に似て頭も良いだろうし、洞察力もあるだろう。…歴史好きで、戦国の世にも理解はある。…軍略もある程度は知っているとみた。…顔も悪くないし。…行動力も申し分ない。…うん。…これなら任せられる。」


 小声だが謙信の呟きを聞き取れた俺はまた混乱した。


 頼み事?現代人の俺に?

 何だろうか···。頭が良いとか、理解がどうとか、軍略とか、顔が悪くないとか聞こえたような──。


 「良し」


 目を開けた謙信と目が合って俺も「閃き」がやってきた。


 …そういえば。


 俺は顎に手を当てた。


 この流れは今日遊んでいたゲームのストーリーに何処となく似ていないか…?


 日中、夢中になっていたゲームの内容を思い出す。


 そのゲームのストーリーは現代を生きていた主人公が戦国時代にタイムスリップし、戦国武将に気に入られて家臣となり、現代の知識と、熟知している戦国時代の歴史をフル活用して軍師として成り、天下統一を目指す…という成り上がり系のストーリー。


 指先が少し震えた。


 まだ夢なのか、現実なのか定かではないが、歴史好きな俺がこの展開で熱くならないはずはない。


 俺もこの時代のことを完全に熟知しているとは言い切れないが、それなりには知識があると思っている。それに現代の知識があるだけでもかなりのアドバンテージがあるはず──。


 指先だけでなく身体全体もぶるっ、と動いた。


 となると!謙信は、天下統一の手助けをしてほしいと言ってくるかも!


 考えただけで胸が熱くなる。


 まるでゲームの中の主人公みたいじゃないか!


 俺は非日常的な生活に憧れていた。親父の部屋に侵入し物色するのも、何か物足りない毎日から何か刺激を得ようとしていたためなのかもしれない。


 それにこれが「夢」ならばそれこそ失うものなどない!


 予想通りなら返事は一つだった。


「…では、北春喜くん」


「はい!」


 期待に胸を膨らませて、今日一番元気のいい声で応える。


 威勢の良い声で答えてから、突如「ハテナマーク」が頭の中で泳ぎだす。


 …ん?…そういや戦略練ったりするのに、顔の良し悪しは関係するのかな…?


 少しだけ首を傾げた俺を他所に、謙信は真面目な顔で言い放った。


「私の娘を…嫁にもらってほしい」




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