第8話 もっと、知りたい
――“みぃ”こと、古田 いちか、ファンクラブイベント&限定サイン会、当選。
当たってしまった……!
15時の当落メールを確認するために、わざわざお手洗いに来た甲斐があった。
いかんいかん……舞い上がったら、経費3桁くらいミスする、多分。
それに、前回――
私、焦りすぎてハンカチごと、れん様にブレスレット、渡してしまったんだった。
あぁ、キモかったかなぁ……オタクの私物に挟まってるなんて。
でももう、渡しちゃったし、何より、推しの大切なものを無事に届けられた。
重大任務完了、だよね。
週末の楽しみまで、仕事頑張ろうっと!
――“みぃ”こと、古田 いちか、現着。
会場、こんなオシャレなの!?
いつも通りの服で来ちゃった。もっと明るい色のほうが良かったかな。
……あ!あいちゃんだ。知り合い居て、ちょっと安心した。
「あいちゃん、お疲れ様です!いてくれて、良かった…!」
「みぃ、お疲れ〜!相変わらず、緊張してるんだ?古参なんだから、堂々とすればいいのに〜!」
「そんな……今回当たったのだって、奇跡ですよ…」
「いやいや!絶対、古参贔屓あるって。みぃほど通ってる人、いないでしょ?運営が大事にしないわけない!」
あいちゃんは、いてくれるだけで緊張が少し和らぐ。
裏表ない感じが、地味オタクの私には、すごくありがたい。
今日は『cLymAX Premium Talk Session 2025』というトークショー。
いつものカッコいいライブより、アットホームな雰囲気の現場。
とはいえ、100人くらいのキャパだし、手足の震えが止まらない……!
――その頃、一ノ瀬 蓮、ステージ袖。
「おい、蓮。“みぃちゃん”来てるぞ……お前、大丈夫か?(笑)」
「お、おう……だ、だいじょ、うぶ……ケホケホッ!(緊張で、水分が…!!)」
「全然ダメじゃん!」
司と舜は、腹抱えて笑ってやがる。
……大丈夫なわけ、あるかっ!!!
この規模で、この距離で……俺、トークなんてできんのか!?
あぁ、もう!こんな汗かいたら、メイク崩れるって……!(HANAさん、こっち見てニヤニヤしてるし…)
でも、俺には今日、やらなきゃいけないことがある。
ちゃんと、洗濯ネットに入れて『おしゃれ着洗い』で洗った、みぃちゃんのハンカチ――何としても、返さないと。
いつものSE、今日は特別バージョンが鳴り響く。
こんなん、緊張感高まるだけだって……!!!
いや、俺は、アイドル・一ノ瀬 蓮だ――今日も、クライマーズのために、カッコつけてくぜ!
キラキラした照明の下、メンバー分のオシャレなイス。(座る時、要注意!!)
並び順は、俺の両サイドに、司と舜。
終わったぁぁぁぁ!!絶対何かしら仕掛けてくる、こいつら。
あ、みぃちゃんだ……(やべぇ今日も可愛い。てか、何ならいつもより可愛く見えるんですが!?)
痛っ!?!?……舜のやつ、背中小突いてきた。
後で絶対、やり返すからな!覚えてろ!!(その前に、俺が記憶飛ぶかも…)
メンバー全員:「cLymAXです!よろしくお願いしま〜す!」
舜:「じゃあね、始めていきますよ〜!今日のMCも、俺でーす!」
司:「よっ!名司会者!(笑)」
会場:「キャーーー!!」(拍手)
舜:「事前にね、クライマーズのみんなから募集した、質問コーナーいきましょ!」
蓮:(質問コーナーきた。なんか、やばい予感がする……)
司:「イェーイ!」
会場:「イェーーイ!!」
舜:「はいっ!ひとつ目、『最近のメンバー内ブームは?』だって!」
「でさぁ、蓮。あんじゃん?最近ずっとスマホでチェックしてるやつ〜(ニヤァ)」
蓮:「(俺っ!?!?)あぁ……えぇと、クライマーズのみんなの、投稿!ライブの感想とか、めっちゃ細かく書いてくれてるから…ちゃんと読んでる!いつも、ありがとね!」
会場:「まじか!!」「れん様読んでくれてる(泣)」「神すぎ!」
いちか:(いっぱいあるのに、読んでくれてるんだ……神対応すぎて尊い…)
司:「それってさ、“推し事頑張ってます!”とかの投稿?」
蓮:「そう。俺たちのグッズ、こんな感じで身につけてくれてるんだなぁとか、大事にしてくれてるのが伝わってきて……ほんっとに、嬉しいんだよね」
舜:「あれ?でもさ、“この子の、いつも見てるんだよね〜”って、前言ってなかった?」
蓮:「いや!それはっ……その、ほら!全部の投稿、綺麗にまとめられてて、俺たちの励みにもなるし……!だからね、全員の!チェックしてますっ!!(動揺)」
会場:「きゃーー!!」「やばい尊い!」「惚れ直した…!」
いちか:(れん様のそういうところ……本当に推せる。好き…!)
舜:「それじゃ!次は、サイン会でーす!俺たちも準備してくるんで、みんなは並んで、ちょっとだけ待っててね!」
司:「また後でね〜!」
蓮:「楽しみにしてるよ!(王子スマイル)」
――“みぃ”こと、古田 いちか、サイン会待機列。
あぁ……本当にれん様は、アイドルの鑑だなぁ。
こんな完璧な推しが目の前にいるって、幸せ極まれり……!
「まもなくサイン会開始でーす!お手元に、対象CDのジャケットと、あて名カードをご準備くださーい!」
サイン会、今まで何回も行ってるのに……今日は、やけに鼓動が速い。
あのブレスレット返してからかな。やっぱり私、おかしくなった……?
会場:「きゃーー!!」「ウソ!?私服!?」「イケメンすぎ…!」
『私服』
会場のざわめきに耳を澄ませると、聞こえてきたワード。
えぇ!?し、私服!?!?
いいんですか??そんなに特別感をいただいても……!?
でもよく考えたら私、CDショップで、れん様の私服見てるはずなんだよね……
って、あの状況で、覚えてられるかーーっ!!!
「次の方、どうぞ〜」
“あのときの記憶”に飲み込まれていたら、順番が来てしまった。
蓮:「あ、みぃちゃん!」
いちか:「(あぁまた名前呼ばれた…死ぬぅぅぅ)よろしく、お願いします…!」
蓮:「今日、来てくれて良かった。この前は、ありがとう。これ、返すね(コソッ)」
れん様が、私のハンカチを……!?
恐れ多すぎて、全関節固まったんじゃないかってくらいカチコチな手で、私はそれを受け取った。
いちか:「あぁいえ!わざわざ……ありがとう、ございます(頭真っ白)」
蓮:「サイン、どこに書く?あて名は…“みぃちゃん”でいいのかな」
いちか:「じゃ、じゃあ…サインは、ここ、で…」
蓮:「ん、分かった。みぃちゃんってさ……」
私は、まだまだカチコチな手で、ハンカチをスカートのポケットにしまい、CDジャケとあて名カードを机に置いた。
れん様の長くて綺麗なまつ毛が、サインを書く手に影を落とす。
……はっ!私どこ見てるんだ!オタク、自制しろ!!
いちか:「は、はい!」
蓮:「本名、何ていうの?…あ、嫌だったら、答えなくていいからさ」
いちか:「っ!?えぇと……いちか――」
「はーい、お時間でーす!」
あ、もう時間か……勢いで名乗っちゃったけど、多分、聞こえてない、よね…?
それでも名残惜しくて、つい、私はれん様のほうを振り向いた。
蓮:「(口パクで)い・ち・か・ちゃん!またね!」
れん様は、また眩しい王子スマイルを、私に向けてくれた。
……って、えぇぇぇぇぇ!?!?
き、聞こえてたーーっ!!私の心臓、ある??息、してる??
でも、なんだろう。この、今までにない、胸がギュッとなる感じ。
私……こんなの、オタク人生で初めて、かも。
その後、どうやって帰宅したのか、記憶が曖昧なほど、私は動揺していた。
緊張疲れか、玄関でパンプスを履いたまま、へたり込んでしまった。
そうだ、れん様からいただいた(元々自分の)ハンカチ……
――ペラッ
まだ手汗の滲む手で、ポケットから取り出すと、1枚の淡いブルーのメモが落ちてきた。
推しが私にだけ、異常にファンサしてくる件~いやそれファンサじゃなくてガチだったの!?~ 海音 @umine
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