第1章 第2話「異世界の草原」

第1章『異世界への起動』


第2話「異世界の草原」



 スライムが、想像よりずっと強かった。


「はぁっ、はぁっ……どこ行った……?」


 木の陰に隠れて、肩で息をする。さっきの戦いで拾った枝は、途中でへし折れてもう使い物にならない。


 突っ込んでくるスライムに枝を振り下ろしたら、ぷよんと弾かれて、逆に跳びかかられて――


 あのままじゃ、やられてた。反射的に全力で逃げ出して、どうにか巻いたっぽい。


「……これが、チュートリアルかよ……」


 ゲームで見慣れた“雑魚”のはずだったスライムが、あんなに怖いとは。

 命のやり取りって、こういうことなんだな。痛みも、恐怖も、全部本物。



「……腹、減ったな」


 当たり前だ。ここに来てから何も食ってない。てか、何時間経った?

 というか、俺って今、生きてんの? 死んでんの?


 体はちゃんとあるし、感覚もある。息もできるし、心臓も動いてる。

 痛みもある。怖い思いもした。


 ――ってことは、これ、夢じゃねぇな。


「ほんとに……異世界ってやつかよ」


 見渡せば、どこまでも広がる草原。風が吹いて、草がそよぐ。

 遠くにぽつぽつと木の建物が見える。煙が立ってる。あれが……村か?


「……行くか」


 足を動かすたびに、全身がズキズキ痛む。

 枝一本でスライムとやり合ったし、転んだし、擦りむいたし、むしろ生きてるのが奇跡だろ。


 でも、逃げ切った。生き延びた。

 ほんの少しだけ、勇気が湧いてきた。



 歩き続けて、日も傾いてきた頃――


 ようやく、村の入り口っぽいところにたどり着いた。


「おーい、誰かいませんかー……って、やば、言葉通じんのか?」


 思わず声を出してから気づいた。ここ、異世界じゃん。日本語、通じんのか?

 いや、でもさっき、ステータスとか浮かんでたし。ワンチャン、自動翻訳とかされてんじゃね?


 と、根拠のない期待を込めてもう一度呼んでみると、村の中から人が集まってきた。


 一番に近づいてきたのは、小柄な女の子。たぶん俺と同い年くらい。……てか、耳が、ちょっととがってる。


「あなた、まさか……外から来たの?」


「……外?」


「村の外はモンスターが沢山で、危険なの」



「とにかく、立ってるのもしんどそうだし、うちに来なよ。おかゆぐらいなら出せるし」


「マジで……女神か?」


 導かれるまま、彼女の家へ。

 木造の質素な家だけど、あったけぇし、何より――


「……うっま……!」


 塩だけのシンプルなおかゆが、五臓六腑に染み渡った。

 さっきまで命の危機だったせいか、涙が出そうになる。


 ゲーム飯って、もっと見た目重視の豪華なやつを想像してたけど、今の俺にはこれが最強だ。



「で、あなた、記憶とかあるの?」


「え、記憶……? ああ、ある。名前はケン。たぶん、異世界から来た。ゲームやってたら、急に転送されて……って感じ」


「いせかい?げえむ??森で頭でも打ったのかな?」


「あ、なんでもない」


 変に目をつけられるかもしれないから、やめとこう。


「今日はゆっくり休んで。明日、村長のとこに案内するね。村の外から人が来たって、報告しないと」


「あー、うん、わかった」


「名前、ケン……だっけ? 私はフィア。薬師をやってるの。よろしくね」


「こっちこそ、よろしく……」


 やっと、落ち着けた。

 布団の柔らかさが、どこか懐かしい。


 だけど――まだ信じられなかった。


 俺は、ほんとに……転生しちまったのか?

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