13

「おはよう、明石」

 ただ暗く広がっているだけの水面があった。そこに千歳はいて、僕は彼女の膝の上で寝ている。

「色々あったんだ。色々。君がここに来るまで、たくさんのことが」

 ん、と千歳は首をかしげる。

「でも、違うのかな。本当は今始まったばかりなのかもしれない。だって、君がこのセカイを作り出したのは、たった今だもの」

 やけに優しい口調だな、と疑問に思った。

「ああ、でも…うん。旅を、してた。始まりはあのゲーム。どっかで見たことがあるような、見たことがないような。そんなゲームを見て、少し興味がわいた」

 でも、その疑問が解消されることはついにないのだろう。もともと彼女は優しかったからなぁ、と勝手な結論をつけた。

「ゲームに明け暮れて、それまで好きだったセックスなんて眼中から外したんだ。もう、男でも女でも、相手が誰なのか区別がついていなかったしね」

 でも、と続ける。

「そんな時に君と会った。久しぶりだったっけ、心が惹かれる人は。一目ぼれっていうんじゃなけどね」

 いたずらっぽく笑う顔は、やっぱり可愛かった。

「それから、本当に長かった。見て、覚えて、見て、覚えて見て覚えて……それだけのことが、やけに難しくって」

「それで、最後には君に殺された」

 指に、あの感覚が這う。不意に息が止まる。

「でもアタシ、嬉しかったよ。君が何もできないままの君じゃなくなったこと。君が、何か欲望を抱けるようになったこと」

 でも僕は、罪悪感でいっぱいだった。

「…罪だなんて気負う必要はないよ。全ては、あそこから始まったんだから」

 彼女の視線の先には、青い光が見えた。眩い、淡い水色の光だ。

「『世界のデータ』その真実が、『世界がそもそもデータから基づいてできていた』…なんて、面白くもないけどね」

 水色の光を発しているのは、よく見れば文字列だった。複雑で、一見規則性のないように見える文字列。けれど、たしかそれは…

「旧世代に使われていた、インターネットの扉『URL』…あの先に、私たちの新しい世界が待っている」

 突然、世界の全てが色彩を失って見えた。けれど、そこには「色彩」という概念自体は確かに存在する…これは一体?

「それが、文字ということ。神様が私たちに唯一くれた、本物の奇跡と言えるかも知れない魔法」

 光は急速に眩しさを増し、全てを包み込んでいく。

「そろそろ、君ともお別れかな。…ありがとう、楽しかったよ」

 彼女に、何か言わなくてはならない気がした。何か、気の利いた言葉を。

 けれど僕の口から出たのは、それは随分とばかばかしい、ただの質問だったんだ。

「君は」

「君はこれまで生きてきて、幸せだった?千歳」

 千歳は驚いた表情をしてから、すぐにかっと笑ってこう答えた。

「うん!楽しかった!」

 その笑顔は、やっぱり最高に可愛かったんだ。

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