サヨナラのための最終楽章

「行っちまったなぁ」

「行っちまった、ですか」

「そうだよ、もうこの世界はお役御免になっちまったんだ。行っちまったなぁ、としか言えねぇだろ」

「そうですか」

「やけに淡白だな」

「ええ、死ぬのは怖くありませんし、存在が消えて無くなるのだって何とも」

「へぇ…実を言うと、俺はめっちゃ怖いんだよ」

「そんな、意外ですね」

「ずっと生きるためだけに生きてきたんだ。死にたくない一心で」

「だから、上位存在になることも選んだ?」

「ああ。名前も役職も興味なかったよ、正直。俺は機械でよかった。もっと言うと、機械がよかった」

「でも、人間になってしまった」

「望んだわけじゃねぇのにな。たぶん、千歳もあんは気持ちだった」

「虚しいですか」

「そうだな…昔さ、好きな人がいたんだ」

「突然、なんです」

「その人、とにかく可愛くってさ。基本ドジなんだけど、変にかっけぇ時があって。ギャップ萌えってやつ?俺は心酔してたよ」

「だから、何の話」

「今考えたら、『千歳』にそっくりなやつだった」

「………」

「俺、きっとそのころは明石だったんだよ。ろくに自分の名前なんて気にしたことなかったけど、そういう役割が与えられてて、それに対応した名前、いわば『タグ』が付けられる。そんなもんだだった、きっと、俺たちの名前って」

「でも、今は」

「今だってそうさ。ここまで来ても、きっと俺たちはタグ付けされた無機物のまま───羨ましかったんだ。あいつらカップルが。どこまでいっても特別な存在で、自分の無価値さに気づくことなんて、ない」

「…因果さんの『きっかけ』、特異性って、何なんですか?」

「恥ずかしいねェ…『恋』だよ。セックス、キス、手を握る、触れる…その前に俺は恋をした。それだけだった」

「私、『殺人』ですよ」

「はっ、らしいじゃない。そんなもんだよ、覚醒なんて」

「相手はたぶん、『明石』でした」

「…そうか」

「皮肉だと思いますか。もしかしたら、私たちは彼らのなりそこないだったのかもしれない、ってこと」

「そうだな……」

「その、涙はなんですか」

「なんだろうな……?」

「…何なんでしょうね」

「…はっ、はっはっは…俺さァ…シてみたかったな、セックス。やってみかったよ、キスとか。あのころ手を握りたかったし、触れたかった。でも叶わなかった」

「私も、もっとちゃんとしたかった。恋とか愛とか分からないまま、殺してしまったから」

「だよなぁ、奏羽ちゃん…俺たち、なんでこんな悲しくなっちまったんだろーなぁ…?」

「…ああ、でも」

「奏羽ちゃん、何やって」

「ちゅう」

「!……や、ほんとに何やって」

「また会いましょう」

「え?」

「彼の、新しい世界で。きっとまた会えるから。今度はきっと、何のタグも付けられていないはずだから」

「そんな、確証もない」

「私、ファーストキスだったんです」

「へっ…マジ?」

「マジです。ついでに処女ですよ」

「…あぁ、そうか…そうかそうかそうか!嘘じゃない、嘘じゃないよな!?…いや!答えなくていい!今度会ったときに確かめてやる!」

「そのときまでには、もっとマシな喜び方を覚えておいてくださいね…因果さん、映画好きだったりします?」

「…あぁ、あぁ!また会おう!会うよ!約束だからな!遅れたりすんなよ、絶対だ!」

「…楽しみ…です、ね…」

「あぁ…本当に、楽しみだ…!」

「…じゃあ、また…おやすみ………」


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