電車に、船に、飛行機に、乗り遅れたあなたへ。

 気づけば、私は誰かに腕を握られていた。

 何事かと思ってその誰かの表情を見てみると、これがかなりの苦悶に歪んでいる。一体どうしたというのか。

 よく注視すれば、その人の口は動いている。何を言っているのだろう。もう少し集中して聞いてみよう…

「…こっち、乗り上がってください!」

 あ、と気づく。

 そういえば私は、この駅のホームから投身自殺を図ったんだった。

 なんで忘れていたのか、そのことはノイズがかかったみたいに思い出せなかった。

 そこから先、少しだけ記憶が飛んだ。次に見たのは、果てのなく暗い空だ。

 横の人は、こちらに缶コーヒーを差し出している。私は、それをありがたく受け取った。

「なんで自殺なんかしようと思ったんです」

 私にもわからない。なんでこんなことをしようとしたのか。

 そう答えると、その人は呆れて言葉を続けた。

「貴方が死んだら、ダイヤに大幅な乱れが生じます。それにニュースを観た人は、気分的に嫌でしょう。そんな、人に苦労をかけることをするなんて、まったくわからない」

 ごめんなさい、と私は言った。すると戸惑ったような表情を返された。

 正直、仕方ないではないかと思う。私だって、自殺したくてするわけじゃない。なぜか確固たる理由があり、それを選んだんだ。

「はぁ」とため息をつかれた。心外だった。

「あなたはどうやら放っておけない人らしい。また身投げされても困りますから、ホームまで私がついていきましょう」

 ホームまでの道の途中では、実に多くの目を引く広告があった。

「老後50年問題」「バイト、時給80000円から」「過酸化炭酸化ガス発生縮小」

「映画界の巨匠、最終作を発表」…と、私は映画が好きなので、この広告は気になった。

 しばらく立ち止まって見ていると、横から「早く」と急かされた。もう少し待ってほしかったが、叶わぬ夢である。

 あるとき、急に着信音が鳴った。何事かと思い携帯端末を確認すると、何やら不思議なURLが貼り付けられている。

 誰か知人から共有されたのだろうか、画面にはただ「3秒前革命」というタイトルだけが見える、小説のページに飛ばされた。

 さて困ったものだ。私は素晴しい映画作品などを知人に共有することを趣味としており、反対に共有されたときは絶対に見る主義なのである。

 さて、例の人は私の前をゆっくりと歩いている。少し歩きながら閲覧しても問題はなさそうだな、と思った。

 しかしなんだか興が乗らず、そのページはすぐに閉じた。今はもっとやるべきことがある。

「あ」と声が聞こえた。何事かと思い近寄ると、少し恥ずかしそうな顔をして、その人は言った。

「ちょうど3秒前、全線の終電がなくなりました」

 私は最近で一番の笑顔をして、言葉を紡いで会話をした。

 夜はいつ明けるだろう。今一体何時だろう。

 まるで下らないことを話すみたいに、会話はずっと続いた。

 私とその人はそのまま遠くへ、確かに自分の足で、自分の意思で歩いていると思いながら。

 明日「おはよう」と言える誰かを探しに、私たちは「さよなら」を言わず駆けていくんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

3秒前革命 ほげ〜船 @hogeeee

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ