欲望のための第三楽章
目を覚ますと、そこはいつもと変わらないガレージだった。さっきまでのことがウソみたいに思えるほど、ただ変哲のないガレージ。
なんだ、夢だったのか…そう思って呑気にあくびをすると、思い切り後ろからぶん殴られる感触がした。
「おはよう!いい朝だなぁ!で、どうだい死ねた?聞かせてくれよぅおじさん気になるなぁ!?」
その声と、痛みで…僕の意識は鮮明になってきた。
そうだ、この男に急に蹴られて意識を失っていたんだ。やっと思い出した。
ぼくは後ろを向いて思い切り睨む。男はまた笑った。
「睨みてぇのは俺だぜガキんちょ。なァ奏羽ちゃんもそう思うよなぁ!」
男が視線を送った先には大柄の女性がいた。きれいな身なりで、男とは対照的に見える。
「まぁそうですけれど、あなたよりかはマシでしょう」
「違いねぇ!」
女性が男を冷めた目で見ているのは、意識せずともわかった。
僕は少しの思考のあと、効率的な結論に至る。
ばっと体勢を直して、男に飛びかかった。「何すんだテメェ」とうるさいが、取りあえず目を潰せばこっちのものだ。
男はサングラスをかけていた。金属フレームで硬そうだったが、殴れば壊れるだろう。
僕は大きく腕を振りかぶり、男の眼球に向けて放った。
だが、その拳は届かず、女性の腕に止められた。彼女の冷めた目は、僕にも向けられていることに気づく。
ばっと振り払われて、壁に激突した。全身が痛い。こんなばっかだ。
僕は懲りずに何度も二人を睨んだ。まるで不満があるみたいに。
「何なんだあんたらは、出てってくれ」
「おいおい明石くん、そりゃ勝手が過ぎるね」
さっき傷がついたサングラスの位置をカチャと直して、男は話し始めた。
「いいか、俺は面倒は嫌いだ。いや、嫌いと言うんでもねぇが、お前にかける面倒は先ずない。端的に話すぜ、ついてこい」
歩いて男はこちらに近づく。
「いつかお前に送られたメールがあったな。あれは俺んだ。『世界の修復』というだいそれた仕事をお前に任せた張本人は、俺なのさ」
肩を蹴られた。随分と暴力が好きらしい。
「そして重要なこと、あのメールはこの世界にいる一定以上の戦果を上げたプログラマー、約1億600万人に送ったものだ。なにもお前が特別というわけではない」
残念だったな?と微笑んでくる。苛つく男、殺してやりたい、もうこいつの話などどうでもいい。
「おっと、こっからが本題だぜボーヤ。『兜散盧鼓』の製作者、これも俺だ。あの千歳とかって女が好いたゲームだが、このプレイ人口は世に一人。むしろあいつのほうが選ばれた人間だった」
「分かりやすく言うかな。この国の人間どもはみな、一生を等しく過ごす。働いて、食って、クソしてセックスして死ぬ。そんな日々を。数百年前、未だ原因の特定されぬ特異点が発達してから、こうでもしないと世界は維持できなくなったのさ」
「しかし、まれに世界に『余裕』が生まれる。思考がみな等しい人間どもの中に一際違った思考を持つヤツが生まれる。それが千歳だった」
「いわば、その特異性を見つけるためだけだった。『決められた世界で、数少ない最高峰の能力と特異生を持っているにも関わらず───それをゲームになんて使ってしまう人間』。そう、異常者。異常者でなければ、何も理解できず、全部まともに受け取っちまうからな。どことなく全部ふざけた曲解者。そいつを見つけて、アタマん中に世界のデータを全てつぎ込む。当然『壊れる』が、これによって千歳の中に新しい世界が生まれる。正常で、一切手の加えられない世界が。これもまた『特異点』となり、改変する必要性が出てくるという懸念はあったが、それはもう大丈夫だった。これ以上世界が壊れることはないという判断だな、イカれてやがる」
「こうすると、千歳は無意識下に現在の世界と頭の中の世界を見比べて、異常を発見できる。そうさ、お前たちプログラマーの役割が世界を改変することなら、千歳の役割は異常を認知し続け、それを記憶することだった。この布陣で、もし特異点を発見できなかった場合のための『世界のバックアップ』が取れるようになった。お前が幾度となく経験しただろう?不自然なタイミングで『世界の改変』が入ること。あれは全部、他の奴らの改変の影響さ」
「だがなァ、お前が食っちまった」
長々わけのわからない話をした後、男はしゃがんで僕の腹を殴った。
「この腹に!世界のバックアップがある!今も世界は変わらされ続けてるってのに、バックアップはもう取れねぇんだよ!」
五十回は殴られた。死にそうだった。
「ハァ、ハァ───しかし、一つだけいいこともあった」
「世界最高峰に優秀な、『改変能力』を持つプログラマーと…並外れ桁外れ異常な『観測能力』を持つ少女」
「正直、最初からこれは想定していた。最後の手段としてだがな」
男は僕の髪をがっと掴んで、千切るぐらいの強さで顔を上げさせた。
「お前の中の精神世界を、この世界に拡張させて貼り付ける」
「お前にかかってる。こんだけ精神負荷かけりゃ十二分だろ、目覚めやがれ」
もう片方の手で男はデコピンをし、それでまた僕の意識は弾けた。
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