12
僕は千歳を殺した。そのことに深い快感と感動を感じた。はっと笑った。
君を愛していた、たぶん。
あのころの適当で楽しい日々は、もう戻ってきやしないんだろうな。
思えば、あの日、
廃ガレージを見つけて…遅いなって思って、マジノ駅まで向かったら、目の下に見たこともないような大きいクマができた君が、そこに突っ立ってたっけ。
純白で、汚れなきその目に、なぜ陰りが落ちたのかと、そんなことを考えながら君を引っ張ったっけ…
君を適当に寝かせて、メールを確認して…「世界のデータ」なんてのに驚いて…でも、これしかないって。勇者になった気でいたんだよな。
起きた君は、最初なんて言ったっけ。誤魔化しの言葉。
はぁ、どこまでも懐かしい。
…懐かしい…そう思う…。
ってことはもう、戻らないんだよな。
…どうにか戻してくれってさ、泣いたって叫んだって。
笑えるよな!
千歳の首をごきりと外した。言葉通り外した。自分の躰のどこにこれほどの力があったのだと笑った。
いわゆる生首の状態になった千歳をじっと見つめた。可愛かった。その状態になってなお、彼女は笑っているように見えた。
「僕」
不意に言葉が出た。なんだ、何だ何だ何なんだこの言葉は感情は。
「僕と」
やめろやめろやめろやめろやめろそんな下らない「もの」はもうよせよ!
「僕とつ」
黙れっ!
「僕と、付き合って下さい」
僕は千歳の顔に思い切りがぶりついた。
血が出た。自分の歯から、千歳の顔から、血が縦横無尽に湧き出た。
美味しい。美味しいよ。世界の何よりも、きっと。
僕は泣いた。泣いていて笑った。
頭蓋骨は硬かったから、ガンと砕いて脳味噌を間から啜った。苦い。
偏頭痛がずっと止まらない。頭にナニカ高密度の情報が流れ続けている。
それでも脳を喰った。千歳の脳を少しも残さずに喰ってしまわなければ、もう僕の感情は収拾が付かなかった。
喰った。喰ったくったクッタ。
頭痛はどんどん鋭く、しかし広くなっていく。
だから───喰い続けている内に、視界がどんどん虚ろになっていった。
もう戻れない、という直感があった。もう戻る場所などない、という感動が、それでも僕の行動を止めずにいた。
けれど、あと少しというところで僕の躰は完全に動きを止めた。
動け、といくら命令しても動かない。こんなところで終わってはならないと強く思いながらも、僕は多分、そこで終わった。
死、だった。恐らくは。
もう、そこで僕は力尽きた。
文字通り力が尽きた。魂も尽きた。
何も…できなかった。
……だが何だ、頭に、ナニカが沸く。
あの日が思い出される。過去が思い出される。
そして今を思う。思いにふける。
そして、何だ───「未来」を思い出す。
何だ何だなんだこの感覚は?ずっと、ずっと疑問に囚われている。
気持ちが───悪い。
うっと吐き出しそうになる。胃液が逆流した。
だから胃液ごとまた飲み込んだ。
けれどまた最悪な感覚になる。嫌だ、吐きたくない。絶対に。
耐え───しかし───耐えられない───!
「そのへんでやめときなよ、『明石くん』?」
誰かの声。後ろから、その声はノイズがかかったみたいに聞こえた。
振り向くとそこには小柄な男が立っている。男は蔑するような目でこちらを見ていた。
「これ、仕置。まーまー遠慮なさらずに!」
男の硬質な靴が、僕の顎を砕くように蹴り上げた。
「死姦しながら脳を食うなんて、いい趣味してんねェ…じゃ、いっぺん死んできなァ少年」
僕の意識は、緩やかに閉じていく。
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