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一心不乱に走っていると、やがて僕は駅に着いた。アウトシティまで直行の路線があったはずだ。そこまで行くのには運賃がかからないこともリサーチ済みだ。
周りの人々から奇怪な目を向けられながら、僕は改札を裸足のまま走り抜け、ホームへと向かう。
行き先は、どうやらマジノ駅というらしい。
起点のここはミズーリ駅で、マジノ駅は終点だ。他の駅はなくマジノ駅へ直行する路線なので、人は極端に少ない。実際、同じ路線に乗ろうとしている人は誰一人としていなかった。
ホームへの行き先は細長い道になっていて、窮屈な印象があった。左右に見える広告には「チカン撲滅」などと書いてあったが、この路線に乗る人数の少なさを見るに、そもそも男女一対すら成立しないだろう。
道を曲がった先にある階段をタンタンと音を立てながら登り切ると、乗降扉の開いた電車を見ると同時に、太陽の光が眩しく目に映った。
漆黒の太陽。見ていて別段目が痛いということはないが、急に目に入ると少しまぶしい。
ふと、あのメールを思い出す。
あの「世界を修復するコード」の依頼のメール。考えてみれば、あれは太陽をどうにかするということなのではないか?
太陽の温度の急激な低下と、対照的な周囲の恒星の急激な温度上昇。それが漆黒の太陽のその原因だと見られているが、もしそうだとしてどうやってそれを直せる?
太陽フレア、紫外線の急増化、恒星からそそぐ謎の有害物質か云々。
それを、僕一人の手では到底直せるとは思えない。
うーん…と考えていると、ぶしゅーと音がした。
見ると、今にも列車が動き出さんとしている。
今からでは絶対、間に合わない。
乗る人もいないのに、何をそんなに急く必要があろうか。僕は思ったが、運転士は時間に厳しい仕事なので批判もできない。
それとも機械で自動運転されているタイプだったろうか、どちらにしても同じことだが。
はぁ、とため息をつきながら、僕はベンチに座った。
あたりを見回すと、ここのホームはメインシティにしては中々自然に満ちていることがわかる。
そのへんに草が生えているし、少し先にはサクラのような植物も見える。椅子の苔は、まぁあまりいい印象ではないけど。
じきに、電車は動き出した。そこそこの猶予があったので、乗ろうとすればどうにか慣れたかもしれない。しかし、そこまで時間が惜しいわけでもない。
電車は直ぐに加速度を増し、ホームから離れていく。ひゅう、ひゅうと鳴る音が心地良い。
少しでも目を離せば、次の瞬間には見えないところまで行っているのだろう。そういう風に思えるくらい、現在の鉄道技術は進歩している。
その考えに違わぬように、ひと息をする間に列車は速度を時速400kmまで速め、鼓膜を圧迫するような音を立てて走り去っていった。
その時である。
左の方から、声が聞こえた。
それは、独り言のような小さい声で、実際に独り言だったのだろう。
だけど僕はその声を聞き逃さなかった。
まるで、運命がそうさせたかのように、僕にはその声が鮮明に聞こえたのだ。
その声は。
「…っちゃあ、乗り遅れちゃったかぁ…」
落胆したような少女の声。自分のミスに悔しさを感じているような少女の声。
その少女の姿を見る。
僕と同じくらいの背格好、僕と同じような髪色、ついでに僕と同じような興奮した表情をした少女。
少女は姿勢がよく、クマは一つもなくて、たいそう健康そうに見えた。そんな、至って普通の少女。
なぜ、そんな少女がマジノ駅などに行くのか、その路線のホームに行くのか...呆気にとられたような気分になり、僕はその少女をじっと見た。
すると視線に気づいたのか、少女はこちらにとてとてとやってきた。
「君、アウトシティじゃ見ない顔だけど、何しに行くの?」
彼女はそう言い、僕の隣に座った。
随分とフットワークが軽い少女だ。一方僕はというと、内心ものすごく緊張していた。
人と会話するのは随分と久しぶりなのだ。家では基本、会話と呼べないような会話しか行わなかったから。
「家出、って言えばいいかな。少しやりたいことがあって」
へぇ、と彼女は興味ありげに言う。
「アウトシティじゃないとできないことって何さ?」
僕は返答しなかった。これは果たして人に話していいものなのか、と。
そう僕が困っていると、少女は顔を近づけて僕の瞳をじっと覗き込んできた。
言葉も何もなく、ただ目と目を合わせてきたのである。
それは強い動きを伴う行為ではなく、別段突発的な行為というわけでもない───しかし。
僕の心臓は早鐘のように音を立てた。掌に過剰な力が入り、顔はこわばる。
その状態がどれくらい続いたか分からない。
体感は数分くらいだったけど、もしかしたら1秒に満たないことだったかもしれない。あるいはそれよりも長かったか?
どちらにせよ───僕にとって永遠に思えるほどの時間だ。
この状況ではいけない、何かがいけないと僕は焦りつつも何もできず、ずっと時間の流れを感じていた。
その沈黙を破ったのは、ピコンという着信音だった。
見つめ合う眼をパチリと閉じ、また開く。
先程までの異様な空気───それから脱せたことを僕は知る。
彼女の眼もその視線を少し外し、僕のポケットに眼をやる。着信音はそのポケットに入れておいた、スティックPCから発せられたものだった。
僕は無造作にポケットからスティックPCを取り出し、空中に仮想モニタを展開する。
画面は瞬時に空気に張り付いて、ある一つのメールを映し出した。
「【機密】『世界のデータ』改変による世界の修復」
世界の、データ?
世界を修復するコード───その具体的な方法といったところか?
しかし、「世界のデータ」とは...この世界はデータ化されているのか?
何だこれはと悩んでいると、少女の視線が今度は仮想モニターに移っていることに気付いた。
【最重要機密】の文字はいやに目立っている。
少女はにやっと笑った。かわいい笑顔だったけど、それは嫌らしい笑顔でもあった。
「何だかよくわからないけど、アタシは君の弱みを握ったってことなのかな?」
僕は首を縦に振った。本当は横に振りたいところだけど、言い逃れできまい。
少女の顔に向かって、僕も笑う。ふへっと、力のない笑いだったと思う。
「明石」
「へ?」
「名前───僕の名前だ。君の、名前は?」
彼女は少しはにかんだような表情をして言った。
「アタシは千歳。そう呼んで」
今ここに、明石という少年と千歳という少女が、「友達」というグループにくくられた。
これはたぶん、たったそれだけの物語。
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