10
「おはよ、明石。よく眠れた?」
「...おはよう、千歳。睡眠は、あんまり」
時計を見ると、あれから2時間ぴったり過ぎていた。疲れが微妙に残っている。
今回の改変の結果は、僕と千歳の間での、疲労の移動だった。
世界がなにか大きく変わったわけではなく、未だに壊れたまま。
もしかしたら他の人々の中でも疲労の移動がなされているかもしれないが、疲労程度だったら社会は別に崩れないだろう。
過去のことを改変したにしてはそんなに大きいことは起こっていないが、雨量の0.2mm改変なら、これぐらいの変化が関の山といったところか。
……しかし、疲労の交換をしたわりには千歳の眠そうな表情は変わっておらず、今にでも意識を失いそうだ。僕も中々に疲れていたということなのか?
そんな千歳は、目をこすりながら僕に躰を向けた。
「お腹へったらサラダ食べて。ほうれん草と、サラダチキンのやつね。食べ終わったら流しに置いといてもらえばいいから」
千歳がいつになく優しく、オカン味に満ち溢れている。これはどうしたことか。まさか、疲労とともに人格まで入れ替わってしまったというんだろうか?
そういう疑問があったが、お腹が減っていたのでまずサラダを食べることにした。
机の上にはボウルいっぱいのサラダがあり、その隣に一枚の皿と一本のスプーンがあった。
僕は適当にサラダをよそい、いただきますと小声で言ってサラダにありついた。
味は───そこそこ、おいしい。
とにかくさっぱりしていて、飽きる味でもない。
ジャンクフード好きの千歳が作ったにしてはいやに健康志向だが、彼女にも色々とあるのだろう。
千歳のほうを見ると、彼女はすでに眠りについていた。よっぽど疲労が溜まっていたのだろう、僕は。
千歳の寝顔を見ながら、ふと考えた。
もし、過去の改変の影響で僕の記憶が無くなったなら、彼女はどうするのだろうか。
僕が言ったとおりに過去の改変を戻してくれるのだろうか、戻してくれたとして、そのあとは?
その時、僕の記憶には何らかの間違い、言い換えるなら齟齬が発生するはずだ。
それを、正してくれるのだろうか。正してくれたとして、そのときに僕は「自分の記憶がなにがしか変わっている」というその事象を受け入れられるのか?
ふぅ、と息を吐く。
そんなことは考えるだけきっと無駄で、決着がつかない。
けれど、考えずにはいられない。僕が、僕達が終わらない時間を過ごし続けているというかすかな可能性を。
───そうやってくだらないことを考えながらサラダを食べていたら、いつの間にか完食していた。本当にあっさり食べられるサラダである。
僕はごちそうさま、と言って手を合わせてから流しに向かう。自分で食べた分は、自分で洗い片付けなくてはならない、それが僕と千歳の間にあるルールだ───あれ、ここにあるのは。
流しには、2枚の皿と2本のスプーンが放置されていた。
少し、不思議に感じる。千歳が2回サラダを食べたとして、彼女がそれを洗わずにほうっておくことがあるだろうか。
1回目に洗うのを忘れたとして、2回目のときに流しに来たらそのミスに気づくはずではないか?
どうも、何かおかしい───しかし、気にするほどのことでもない。
おかしいことなど大量に起きている。一つ一つ気にしていてはきりがない。だから僕はあえてそのことについて深く考えず、いっしょに洗ってしまうことにした。
それは些細で、どうでもいいことだったと思う。
けれどそんなことが、取り返しのつかないミスや特異点につながってしまうのがこの世界。
どうしようもなく、壊れているこのセカイなのだ。
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