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「おはよ、明石。よく眠れた?」

「...おはよう、千歳。睡眠は、あんまり」

 時計を見ると、あれから2時間ぴったり過ぎていた。疲れが微妙に残っている。

 今回の改変の結果は、僕と千歳の間での、疲労の移動だった。

 世界がなにか大きく変わったわけではなく、未だに壊れたまま。

 もしかしたら他の人々の中でも疲労の移動がなされているかもしれないが、疲労程度だったら社会は別に崩れないだろう。

 過去のことを改変したにしてはそんなに大きいことは起こっていないが、雨量の0.2mm改変なら、これぐらいの変化が関の山だろう。

 改変の規模は、現実への影響の規模と比例しているらしい───もっとも、特異点はそんな法則など打ち砕いてしまうのだけれど。

 千歳はとんでもなく良い顔色で笑いかけてくる。

「じゃあ、ゲームしよゲーム。2時間って言ったのはそっちだからな?」

 僕はとんでもなく悪い顔色で苦笑いする。

「あれ、『予防策』じゃなかったのか...?」

 過去の改変をすると、ときどき致命的な変更が起こる。

 それは例えば僕の急激な知能の低下とか、急性心筋梗塞だったりする。

 一番最悪なのは記憶を失うパターン。

 ただの個人として記憶を失えば、自分の目的も何もかも忘れてしまうからだ。

 だからそれらを回避するために、僕は予防策を用意した。

例を上げると、「世界は壮大な乗算式だ」から始まるメモ書きや、ゲームの───未来の予定などがそうだ。言ってしまえば、千歳もその一つ。彼女をモノのように言うわけじゃないけど。

 僕が記憶を失ったとき、メモ書きを見れば自分のすべきことがわかる。

 未来の予定は、僕が未来に存在する可能性を高める役割を持つ。

 千歳がいれば、僕がどうにかなったらきっと元に戻してくれるはずだ───彼女はメカに弱いので、オプションキーを押すだけで僕が復活するまで過去が改変されるというプログラムを仕込んである。

 とにかく、現在がどれだけ改変されても、一つでも残っていれば僕が再起できる要素、それを僕は予防策だと表現している。

 全て、科学の上に存在する意味が立証されている。

 もっとも、ここまで来るとどれも科学という領域を逸脱している行為に見えるかもしれないが、科学とは所詮そんなものだ。高度に発展した科学は魔法と区別がつかない。

 そもそも、我々の知る科学とは────。

「...明石、そろそろやんない?起動してからもう10分たったんだけど」

 画面には何周もしただろうデモ画面が流れ続けている。

 古き良きアーケードっぽい2Dシューティング「兜散盧鼓」(つちのこ)は宇宙船に乗って敵部隊を殲滅するという中々物騒なゲームだが、圧倒的な爽快感からコアなファンを持っている神ゲーだ...じゃなく。

「千歳、僕は疲れてるんだ...シューティングなんてやったら一瞬でゲーム・オーバーに決まってる」

 千歳はにやりと笑う。本当によく笑うやつだ。絶妙に気に障るが、可愛いので許す。

「グリッチ大量使用で最短2秒クリアだ。一瞬でクリアできる。それとも、お前の言う一瞬は2秒未満か?」

 この女、バグ技裏技を使うことに躊躇がない。ゲームの醍醐味はどこへ旅立ったのか。

 普通にやる楽しさは味わい尽くしたということか?

 ただ、2秒でクリアできるというのは興味深い。やってみるのもやぶさかではないか...。

 僕はモニターの前に座り、コントローラーを手に取った。

「じゃあ、そのグリッチとやらのやり方を教えてもらおうか、千歳?」

「やる気だねぇ、そうでなくちゃ。じゃあ、最初にセレクトとスタートを同時押し」

 ぽち、とボタンを押し込んだ。

「その0.112病後にA+B+Y+Y+X+Aを入力。ズレたらリセット」

 は?

 その言葉はすでに、0,112秒を超えていた。

「あ、だめじゃん明石。リセットリセット。」

 千歳は電源ボタンを4秒!押した。2秒クリアとは?

 そこからゲーム再起動までに3秒。

 僕はセレクトとスタートを押し、研ぎ澄まされた持ち前の感覚を注ぎ込み、その0,112病後にぴったり押して見せた。我ながらよくやる。

 画面は青く変わり、ピーというノイズを発する。

「開発者画面開いた?ならそっからクリアデータ組み立ててから、それロードね」

「ちょっと待て、クリアデータ?組み立てって?一度もクリアしたことないゲームのクリアデータを、何も見ず組み立てろってのか?」

 千歳は頷く。可愛いが許せない。

 僕は下を向いた千歳の顔をぽかんと殴り、デスクに向かった。

 寝室はない。先ほどの改変のときのように僕はチェアに座り、机に突っ伏して目を閉じる。

 たまりにたまった疲労のせいか、僕はすぐに睡眠に落ちることができた。

 千歳の文句が聞こえてきたのは、間違いなく夢ではなかった。

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