気になる男たち

教室が解散したあと、放課後の空気がゆっくりと冷え始めていた。


理科準備室の奥

――半ばコンピュータ部の活動拠点となっている机の周りに、

男子生徒たちが自然と集まっていた。


田淵慧吾を中心に、化学、物理、気象、ロボット、柔道、放送といった

個性豊かな面々が机を囲む。


「……なあ、ガチで来るんだな。ガイノイドってやつ」


ロボット研究部の江南啓介が、工具箱の蓋を閉めながら言った。

小型ドローンの羽根がまだ机の上に残っている。


「俺らで構造解析できたら面白いんだけどな。さすがに分解はアウトか」


「それ、間違いなく退学だろ」と笑ったのは化学部の高島栄次。

白衣のまま、香料瓶をいじっている。


「でもよ、見た目人間って……汗とか出るのかな? 臭いとか。

 いや、嗅ぎたいわけじゃなくて、生理機構の再現性として」


「……なあ高島、お前のその“科学的関心”って時々ライン越えるぞ」と、

放送部の小早川真策がすかさず突っ込む。

すでにポケットサイズのICレコーダーを手に、インタビューの構成を妄想中だ。


「『人間らしさとは何か』――俺、これシリーズ企画にするから。ラジオ部で特集組める」


「面白いな、それ。哲学寄りだけど」と答えたのは、物理部の西岡正治。

普段は口数少ないが、今は興味を引かれたらしい。

彼は机の上に天体写真の現像プリントを置きつつ、続けた。


「人間らしさって、行動? 感情? フィードバック? 答えが出るのか、今回の観察で」


「人間と同じように、他人を気遣うかって部分は気になるな」


そう言ったのは気象研究同好会の村井彰義。

彼は茶道部の抹茶セットを手入れしながらも、科学的思考と和の心を併せ持つ穏やかな少年だ。


「感情表現の“空模様”みたいな揺らぎがあるのかどうか、観察してみたい。

 いや、感情が揺れる時点で機械じゃないと思うんだけどな」


「ま、でも面白そうだよな。なんか、近未来って感じでさ」


笑ったのは柔道部主将の坂元信也。

古生物図鑑を手にしながら、将棋の駒を指先で転がしている。


「俺は最初から“中立”を心がける。

 こっちが先入観持ってたら、まともな観察にならない。偏見と印象操作は、実験の敵だぜ」


「ふむ、論理的」と田淵慧吾が頷いた。コンピュータ部部長である。

表情に出さず、ただ皆の反応を観察している。


「じゃあ、明日は俺が朝イチで案内役やるわ。自作のAI付き時間割アプリ、見せてみたいし」


「また布教かよ田淵」


「違うって、実験だよ実験。観察の一環。

 ついでに星宮さんが好むカレーの味覚パターンとかも聞けたら――」


「流石に食べないだろ。内側にほうれん草がこびりつくぞ」


笑いが起きた。が、誰の顔にも緊張や不安はなかった。

彼らは本気で、理知的に、そして前向きにこの“未来”と向き合おうとしていた。


「……俺、楽しみにしてる」


ぽつりと呟いたのは写真部の中津光彦。

彼は窓の外を見ながら、手帳に雪の結晶のスケッチをしている。


「ガイノイドって、ちゃんと“光”を受け取れるかな。まぶしそうな顔、するかな」


「するかもな」と西岡が応じた。「でもそれ、見抜けるかはこっち次第だ」


夕暮れが差し込む。彼らは、ただ明日を待っていた。

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