問いの輪郭

夕方、部活を終えた数人の男子生徒たちは、例によって理科準備室に自然と集まっていた。

夕焼けが窓を染めるなか、机の上にはプリントが広げられ、

「質問禁止」と赤字で書かれた一文が注目を集めていた。


「なあ、『自分がガイノイドだと気づかせるような質問は禁止』ってあるけどさ、

 具体的にどこまでがアウトなんだ?」


口火を切ったのは江南啓介。ロボ研の設計担当らしく、やや食い気味に言葉を放つ。


「見た目に言及するのはグレーだろ。“完璧すぎない?”って言われたらさ、

 こっちでも『え、そうか?』って気になるわけじゃん」


「いや、“完璧”って単語がもう機械っぽさを含むもんな」


放送部の小早川真策が頷く。

机の上には小型のICレコーダーが乗っていた。

すでに議論そのものを“素材”にし始めている。


「じゃあ、『体温あるの?』って聞いたら?」


「アウト。完全にアウトだと思う」


即答したのは気象研究の村井彰義。

静かな口調だが、内容は断固としていた。


「あと“血って流れてる?”とか、“痛み感じる?”とか。

 そこら辺は全部レッドゾーン。聞かれたら自我に疑問が生まれる可能性がある」


「同意。あと食事。たとえば“お弁当、いつも食べないね?”とかも危ない」


化学部の高島栄次が、香料瓶を指先で転がしながら言う。


「機械が食べられるわけないっていう固定観念があるからな。

 間接的に機械であることを認めさせることになる」


「ふむ…じゃあ逆に、聞いていい質問ってあるのか?」


柔道部の坂元信也が腕を組む。理詰めの武道家らしく、問いを立ててからじっと周囲を見渡す。


「天気の話とか、好きな教科とか、趣味を聞くのはセーフだろうな。

 “君の夢は何?”とかもいける気がする」


「でもそれで“私は夢を持つよう設計されていません”とか返ってきたらどうすんの?」


写真部の中津光彦がぽつりと言う。窓の外の空を見ながらの発言だが、内容は的確だった。


「そのときは…どうする?」


誰も答えられなかった。沈黙が落ちる。星宮双葉は、果たして何を“夢”と答えるのか――。


「そもそも“答えに詰まった時点”で、相手に揺らぎが生まれるんだろうな。

 質問の中身より、反応が見られてる」


田淵慧吾が、スマホをくるくると回しながら言った。


「つまり、本当に大事なのは“自然な距離感”ってやつだな。

 詮索でも親切すぎてもダメ。自然体が一番むずい」


「人間関係って、だいたいそれが一番むずいよな」


小早川が苦笑して言い、皆が黙って頷いた。


「よし、じゃあ明日からのルール決めようぜ」


坂元が立ち上がり、ホワイトボードに書き出した。


1. 生理現象に関する質問は禁止(食事・排泄・汗・痛覚など)

2. 身体的特徴への言及は慎重に(“整ってるね”程度まで)

3. 夢・感情については様子を見ながら自然に

4. 困っても詮索しない、フォローに回る

5. 常に“普通”を心がける


「“普通”が一番難しいな」


中津が呟いたその言葉に、誰も異を唱えなかった。


そうして彼らは、ただの“転入生”を迎えるために、異常なまでに準備を始めていた。


知らず知らずのうちに、“人間らしさ”という曖昧な輪郭に、慎重に触れようとしていた。

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