ガイノイド実地投入試験フェーズ0
技術コモン
実験概要
春の夕刻、教室の空気は雨上がりのようにしっとりとしていた。
放課後、担任の村山芽依が静かに教卓に立ち、生徒たちのざわめきが次第に消えていく。
「皆さん、今日は特別なお話があります」
その言葉に、最前列の生徒が筆記用具を置き、後方の者たちも背筋を伸ばした。
村山先生は一呼吸置いてから続けた。
「明日、新しいクラスメイトがこの教室にやってきます。名前は星宮双葉さん。転入生です」
軽い反応。だが、次の一言で教室の空気が凍った。
「彼女は、女性の人型ロボット――いわゆる“ガイノイド”です」
誰かが笑いかけて止まり、別の誰かが「は?」と小さく呟いた。
「冗談ではありません。
今回の転入は、研究機関と連携して行われる社会適応実験の一環です。
星宮さんは、高度な人工知能と身体制御機構を備えた、
最先端の自律型ヒューマノイドです」
村山先生の声音には、いつもの柔らかさに加えて、
説明責任を果たす者としての誠実さがにじんでいた。
「皆さんには、明日から1週間、彼女と共に学校生活を送っていただきます。
目的は、彼女が人間社会にどこまで自然に適応できるかを観察すること。
皆さんの役割は、特別なことをするのではなく、“普段通り接する”ことです」
「え、それって……ガチのやつ?」
化学部の高島が手を挙げて聞く。村山先生は頷いた。
「本物です。極めて精緻に作られており、見た目や話し方、振る舞いにおいて、
皆さんが違和感を覚えることはほとんどないと思います」
「そんなのどうやって見分けるんですか?」
「見分けようとする必要はありません。
ただ、1週間、星宮さんと普通に接してみてください。
むしろ、彼女自身には“自分がガイノイドであること”を思い出させないよう、
自然に接するのが重要です」
ここで村山先生は、一枚のプリントを掲げた。
「この実験には報酬があります。
1週間、彼女が自分の存在に疑問を持たなければ“成功”と見なされ、一人1万円。
途中で自覚を促してしまった場合は1000円です。
ですが、お金ではなく、
皆さんの観察力と人間関係構築力が試されていると考えてください。
ちなみに先生はその5倍貰えちゃいます」
生徒たちは紙を受け取りながら、誰ともなくざわめいた。空気が興奮と警戒に揺れている。
「なお、星宮さんについて、彼女が“本当に人間なのか”などと疑うような発言、
あるいはからかうような行動は厳禁です。
それは彼女の適応を妨げる行為であり、実験の妨害となります」
村山先生は言葉を区切り、目線を一人ひとりに配るように教室を見渡した。
「明日からの1週間が、未来に向けた大切な一歩になります。
皆さんがどう接し、どう感じるかも、重要な観察対象の一部です」
そう言い終えたとき、教室には異様な静寂が漂っていた。
転入生という存在が、初めて“観察される対象”として示された瞬間だった。
夕焼けが黒板に差し込み、村山先生の横顔を朱に染める。
やがてチャイムが鳴り、生徒たちはそれぞれの沈黙を抱えたまま教室を後にした。
そして翌朝、“彼女”がやってくる。
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