第12話 鬼滅と真実、2人の絆

神崎葵の研究室には、いつもと変わらずコーヒーの香りが漂っていた。壁一面に貼られた付箋には、社会心理学の専門用語やプラットフォームの設計図がびっしりと書き込まれている。その一角には、彼女が大切にしている「鬼滅の刃」のキャラクターグッズが飾られていた。

今日の研究は一段落。葵は疲れた体をソファに沈め、淹れたてのコーヒーを一口飲んだ。その時、スマートフォンの通知音が鳴った。画面を見ると、雫からのメッセージだった。数ヶ月に一度、他愛のないメッセージのやり取りをするのが、二人の間のささやかな習慣になっていた。

「葵、久しぶり。元気にしてる?」

そのシンプルな一文に、葵の顔はふわりと綻んだ。彼女はすぐに返信する。「雫さん!お久しぶりです!元気ですよ!雫さんもお変わりありませんか?」

数分後、返信が来た。

「ええ、私も元気よ。最近、少し時間ができたから、前から気になっていた『鬼滅の刃』のアニメをようやく見たの。葵が好きだって言ってたわよね?」

その言葉に、葵の心臓が大きく跳ねた。まさか雫が「鬼滅の刃」を見ているとは!しかも、自分からその話題を振ってくるとは、予想外だった。

「わ、私もです!嬉しい!雫さんも鬼滅の刃、ご覧になったんですね!どうでしたか?どのキャラクターが好きですか?」

興奮が抑えきれず、メッセージを連打する。

「そうね…。映像の美しさ、物語の構成、キャラクターの造形…どれも緻密に計算されていると感じたわ。特に、煉獄杏寿郎というキャラクターの生き様には、心を揺さぶられたわね。」

雫からのメッセージに、葵は息をのんだ。煉獄さん……!やはり、雫さんの心にも響いたのか、と。

「煉獄さん、ですよね!私も大好きなんです!彼の『心を燃やせ』という言葉には、本当に勇気をもらえます。自分の命を賭してでも、守るべきものを守ろうとする彼の姿は、まさに『正義』そのものだと思いました!」

葵は、スマホを握りしめ、熱い思いをぶつけるように返信した。煉獄杏寿郎の生き様は、かつて彼女が雫に重ねていた「正義」の姿と重なる部分があった。

「ええ。彼の信念の強さ、そして他者を慈しむ心。彼は、自身の『力』を、誰かを傷つけるためではなく、守るために使った。その潔さには、学ぶべきものがあると感じたわ。」

雫の言葉に、葵は再び涙がこみ上げてきた。雫が、自らの過去と向き合い、新たな「真実」を見つけようとしていることが、その言葉の端々から伝わってきたからだ。

「そうですよね…。私も、彼の生き方から、本当に大切なものは何かを教えてもらった気がします。人を守るために、自分の信念を貫くこと。それは、雫さんが私たちに示してくれたことと、同じなんだって、改めて思いました…。」

葵は、一呼吸置いてから、少しいたずらっぽくメッセージを続けた。

「ちなみに、もし雫さんが鬼殺隊に入るとしたら、どの呼吸法を選ぶと思いますか?私は、水の呼吸かな、って想像しちゃいました!」

数秒の沈黙の後、雫からの返信が来た。

「そうね…。水の呼吸は、柔軟性があり、相手の動きに合わせて対応できるから、理に適っているとは思うわ。でも…」

雫のメッセージは、そこで一度途切れた。葵は、固唾を飲んで次の言葉を待つ。

「私なら…おそらく『花』の呼吸を選ぶでしょうね。カナヲの使う、あの静かで、しかし全てを見通すような眼差し…あれは、私にとって、真実を見極めるために必要な力のように思えたから。」

「花」の呼吸。意外な答えに、葵は驚いた。カナヲの「花の呼吸」は、優雅でありながらも、その奥には深い悲しみと、感情を押し殺して真実を見つめようとする強さが秘められている。雫がそれを選んだことに、葵は言いようのない感情を覚えた。

「雫さん…。そうだったんですね。なんだか、雫さんらしいです。」

葵は、そう返信した。そして、ふと顔を上げて、研究室に飾られた「鬼滅の刃」のキャラクターグッズを見つめた。煉獄さんの力強い笑顔。そして、その隣に並ぶ、静かに微笑むカナヲの姿。

雫と「鬼滅の刃」の話題を通して、二人の間に、目に見えない新たな絆が生まれたような気がした。それは、互いの選んだ道は異なっても、それぞれが求める「真実」の光が、確かに繋がっていることを示しているかのようだった。

「また、感想を聞かせてくださいね!今度は、もっと深く語り合いましょう!」

葵は、満面の笑みでメッセージを送った。

遠い異国の地で、雫もまた、そのメッセージを読みながら、静かに微笑んでいた。

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