第4話 池田教授と藤原聡美、マクドナルドで「トランプ現象」を語る
「まったく、藤原君!たまには研究室から出て、こういう場所で気軽にランチを済ませるのも、効率的な時間節約というものだぞ!」
池田大吾教授は、マクドナルドのプラスチック製のトレイに載ったビッグマックを前に、どこか気恥ずかしそうに藤原聡美に語りかけた。普段着慣れたツイードのジャケットは、ここでは少々場違いに見える。目の前には、池田の奢りだということに一切頓着せず、黙々とフライドポテトを頬張る藤原がいる。
「現在、私の体内環境データにおいて、ジャガイモ由来の炭水化物および塩分の必要性は認識されておりません。また、このフライドポテトの摂取は、食事時間における情報処理効率が低下する可能性が示唆されます。」
藤原は、手元のタブレットでポテトの栄養成分表示を読み上げていた。その分厚いメガネの奥の瞳は、やはり手元の携帯ゲーム機に釘付けになっている。ピコピコと鳴るレトロゲームのBGMが、店内の喧騒と子供たちの笑い声に混じり合う。
「だから、そういう効率性ばかりを追求するから、君は…むむ、藤原君!君が今見ているのは、まさかまたあのドナルド・トランプかね!?」
池田教授は、藤原のタブレット画面に大写しになった、特徴的な髪型と不敵な笑みを浮かべるトランプ氏の顔を見て、眉間に深い皺を刻んだ。彼が藤原を無理やりマクドナルドに連れてきたのは、こうした「世界のノイズ」から藤原を解放するためでもあったのだが、どうやら無駄だったらしい。
「はい。現在、ドナルド・トランプ氏の『ポピュリズム言動と社会分断における影響度』についてデータ解析を行っております。この店内のBGMが、データ取得に若干のノイズを生じさせていますが、許容範囲内です。」
藤原は、トランプ氏の演説動画を流しながら、ちらりと目の前のハンバーガーを分析した。池田教授は、店内の無害なBGMまでデータ化しようとする藤原に、深くため息を漏らした。
「あの男は、複雑な社会問題をあたかも単純な『敵対構図』で解決できるかのように語り、大衆の排他的感情を煽り立てる!私は彼の言動が、民主主義の根幹を揺るがす危険な存在として機能していると見ている!」
池田教授は、ビッグマックを一口かじり、口の端についたレタスを拭いながら、憤慨したように声を荒らげた。
「教授。『排他的感情』という評価は主観的要素が強く、科学的根拠に乏しいかと存じます。」
藤原は、冷たいアイスコーヒーを啜りながら淡々と反論した。
「彼の発言は、『既存エスタブリッシュメントへの不満』を抱く層の『代弁者』として機能し、共感と忠誠心を獲得しています。また、『過激な発言』は、メディアの注目を効率的に集め、彼の露出度を平均48.2%向上させています。これにより、彼は『情報の中心』としての地位を確立し、彼のメッセージが『真実』として受け入れられやすくなる傾向にあります。」
「露出度だの地位だの!そんなもの、大衆の浅薄な扇動欲求を満たしているに過ぎないではないか!彼は世界に『分断』を持ち込み、国際秩序まで乱しているではないか!それも、彼の『効率性』というやつなのかね!?」
池田教授は、さらにフライドポテトを口に運び、顔を赤くした。
「はい。彼の**『自国第一主義』の主張は、国内の特定産業の支持を得る上で極めて効率的です。また、国際関係における『非協調的態度』は、交渉において相手国に『譲歩を促す』という戦術的優位性をもたらす可能性を示唆します。これは、『国益最大化』のための最適化戦略と解釈できます。彼の言動は、国際情勢を『不安定化』させてはいますが、その不安定性が、特定の国や彼の支持層にとって『利益』をもたらすデータも存在します。」
藤原は、ポテトの袋をじっと見つめ、その中の残量を分析しているようだった。
「馬鹿な!それではまるで、国際秩序の混乱まで、彼の『計算通り』だとでも言いたいのかね!!?」
「その認識で概ね問題ありません。彼の『予測不可能な行動』は、相手国にとって『行動パターン分析の困難性』を増加させ、結果として『交渉における優位性』を維持する効果があります。感情的な反論は彼には無効であり、データと論理で対抗しようとすると、かえって彼の『ゲーム』の枠組みに組み込まれてしまうため、非効率な戦術となります。」
藤原はきっぱりと言い放ち、残りのポテトを全て口に放り込んだ。池田教授は、がっくりと肩を落とした。彼の教え子は、あまりにも合理的すぎた。
「あのな、藤原君。人間というのはな、効率や計算だけでは生きていけないんだぞ!時には、互いの文化を尊重し、非効率な対話を重ねてでも、『共存』を目指すことが大切なのだ!それが、人間としての『平和』というものだ!」
「『平和』ですか。感情的要素は、現時点での私の研究計画には含まれておりません。このマクドナルドの店内で、平均10秒に1組の親子が来店しており、子供の鳴き声は、教授の『平和』という感情的指標を低下させているデータが取得できます。よって、この環境は、教授の精神的効率を阻害していると判断されます。」
藤原は、まるで辞書を引くかのように答える。池田教授は、もう怒る気力もなくなった。彼はそっと、冷めきったビッグマックを紙袋に戻した。
「だいたいな、藤原君。この男の『独善的な言動』のせいで、SNSのタイムラインが荒れて困るのだ!君の効率性というやつは、周囲への『精神的負荷』という点では、全くもって非効率ではないかね!?」
「精神的負荷は、個人の『情報耐性』に依存します。私の作業効率には影響ありません。また、教授の主観的評価は、一般的なデータとしては採用できません。」
藤原は、ぴしゃりと言い放ち、最後のフライドポテトを綺麗に平らげた。そして、慣れた手つきで紙コップとトレイをまとめてゴミ箱へ。その一連の動作に、一切の無駄がない。
「ハァ…まったく、人の心を理解できないロボットめ…。」
池田教授の呟きは、マクドナルドの店内に虚しく響き渡る。藤原は、そんな師の葛藤には目もくれず、次の解析データを開き始めた。ピコピコという電子音が、彼の胃の痛みをさらに刺激する。
(よし、明日は…無理やりにでも、この店のハンバーガーを藤原君に『解体』させてみるか。藤原君のデータには載っていない『ジャンクな魅力』というやつを、教えてやらねばな…!)
池田教授は、心の中で密かに、そして壮大な「藤原聡美改造計画」を練り始めるのだった。だが、それが彼女にとって「非効率」な努力であることは、彼だけが知らぬままだった。
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