第3話 池田教授と藤原聡美、寿司屋で「論破王」と「改革者」を語る


「まったく、藤原君!たまには研究室から出て、こういう場所で美味しいものを食べるのも、効率的な気分転換というものだぞ!」

池田大吾教授は、カウンターに並べられた艶やかな握り寿司を前に、ご満悦の様子で藤原聡美に語りかけた。普段着慣れたツイードのジャケットは脱ぎ捨て、心なしかネクタイも緩められている。目の前には、池田の奢りだということに一切頓着せず、黙々と茶を啜る藤原がいる。

「現在、私の体内環境データにおいて、海産物由来のたんぱく質およびミネラルの必要性は認識されておりません。また、寿司の提供形態は、個々のネタに対する咀嚼回数が増加し、食事時間における情報処理効率が低下する可能性が示唆されます。」

藤原は、目の前の大トロには目もくれず、手元のタブレットで寿司ネタの栄養成分表示を読み上げていた。その分厚いメガネの奥の瞳は、やはり手元の携帯ゲーム機に釘付けになっている。ピコピコと鳴るレトロゲームのBGMが、板場の活気ある声に混じり合う。

「だから、そういう効率性ばかりを追求するから、君は…むむ、藤原君!君が今見ているのは、まさかまたあの**『論破王』ひろゆきかね!?」

池田教授は、藤原のタブレット画面に大写しになった、腕を組み不敵に笑うひろゆき氏の顔を見て、眉間に深い皺を刻んだ。彼が藤原を無理やり寿司屋に連れてきたのは、こうした「インターネットのノイズ」から藤原を解放するためでもあった。

「はい。現在、彼の『短絡的な断定による言論誘導モデル』についてデータ解析を行っております。この店の板前さんの『シャリの握り加減のばらつき』**が、データ取得に若干のノイズを生じさせていますが、許容範囲内です。」

藤原は、ひろゆき氏の動画を流しながら、ちらりと目の前の寿司を分析した。池田教授は、板前の心意気までデータ化しようとする藤原に、ため息を漏らした。

「あの男は、複雑な社会問題をあたかも単純な二元論で解決できるかのように語り、『思考停止』を誘発する!私は彼の言動が、健全な議論の阻害要因として機能していると見ている!」

池田教授は、手酌で日本酒を注ぎながら、憤慨したように声を荒らげた。

「教授。彼の発言は、『現代人の情報処理能力の限界』に適応した結果です。複雑な情報を脳が処理することを放棄する傾向にある大衆に対し、彼は『簡潔で分かりやすい解答』を提供しています。これにより、彼への支持率は平均23.7%上昇し、動画の視聴維持率は35.1%に達します。」

藤原は、海苔巻きの栄養成分表示を眺めながら淡々と反論した。

「支持率だの視聴維持率だの!そんなもの、大衆の浅薄な承認欲求を満たしているに過ぎないではないか!そして、彼に輪をかけて『炎上商法』を是とするのが、あの堀江貴文だ!君も彼について調べているのだろう!?」

池田教授は、さらに日本酒を煽り、顔を赤くした。

「はい。堀江貴文氏の言動も分析対象です。彼の発言は、『既存の社会規範や権威への挑戦』という形で、特定の層の『鬱積した不満』を言語化しています。これにより、彼の支持層は**『現状打破』への期待感を抱き、彼のメッセージを『真実』と認識する傾向**にあります。」

藤原は、今度はイカの握りをじっと見つめ、その透明度を分析しているようだった。

「挑戦だと!? それはただの『破壊衝動』ではないかね!彼らは、社会が長年培ってきた秩序や倫理を、『くだらない常識』の一言で片付け、自分たちの利益のために利用しようとしているだけではないのかね!?」

池田教授は、もはや怒鳴るのを諦め、額を押さえた。

「教授。『破壊衝動』という感情的表現は非科学的です。堀江氏の言動は、**『非効率な既存システムへの最適化要求』と解釈できます。彼の発言は、社会に『新たな行動様式』を提示し、結果的に『経済的効率性を向上させる』可能性を示唆します。例えば、飲食店の経営において、彼が提唱する『サービス簡素化によるコスト削減』は、利益率を平均12.5%改善するデータが出ています。」

藤原は、再び平板な声で答える。

「経済的効率性だと!? この寿司屋の温かい雰囲気、板前の心意気、そして客同士の何気ない会話!そういう『非効率』なものの中にこそ、人間らしい『豊かさ』**があるのではないかね!?君は、そういうものを全く理解しないのかね!?」

池田教授は、目の前の盆栽に語りかけるように、切々と訴えた。

「『豊かさ』や『心意気』は、定性的な情報であり、数値化が困難です。私の研究対象ではありません。また、ひろゆき氏の『Re:Hack』は、そうした『定性的な情報』を『無駄』と断じることで、効率的な情報伝達を実現しています。教授の感情的な反論は、彼らのロジックフレームワーク内では『論破対象』にしかなりません。この寿司屋の環境下でも、彼らの発言は私のデータ解析効率に影響を与えておりません。」

藤原は、そうぴしゃりと言い放ち、最後の緑茶を飲み干した。そして、慣れた手つきでペットボトルを潰し、カバンに入れた。その一連の動作に、一切の無駄がない。

「ハァ…まったく、人の心を理解できないロボットめ…。」

池田教授の呟きは、寿司屋の活気ある喧騒に虚しく響き渡る。藤原は、そんな師の葛藤には目もくれず、次の解析に移るべく、タブレットを操作し始めた。ピコピコという電子音が、彼の胃の痛みをさらに刺激する。

(よし、明日は…無理やりにでも、この店の板前と藤原君を**『対談』させてやるか。藤原君のデータには載っていない『職人の魂』というやつを、教えてやらねばな…!)

池田教授は、心の中で密かに、そして壮大な「藤原聡美改造計画」を練り始めるのだった。だが、それが彼女にとって「非効率」な努力であることは、彼だけが知らぬままだった。

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