そして光にひかれるかのように

 「かんぱ~~~い!」

 ヒカリちゃんが乾杯の合図をして、演劇の慰労会いろうかいは始まった。

 「いや~~かんっぺきで最高の演技ができてよかった~!」

 「当然です!ヒカリちゃん、あんなに頑張っていたんですから!」

 「ほんっとに惚れ惚れする演技だったわ。やっぱり、ヒカリの演技は最上級のものね。」

 演劇はだれもかれもが全力で演じ、最高の形で終わりを迎えた。これまでの努力が報われ、後腐れなくヒカリちゃんたち3年生を送ることができる。

 「アンリちゃんの演技もすごかったよ!かっこよすぎて、私、危うく自分の演技を忘れちゃうところだった!」

 「アンリちゃんのお父様に公演後会いに行ったとき、感極かんきわまって泣いていらっしゃいましたものね。」

 「ちょっと、その話はいいから!私、恥ずかしくって顔が燃えちゃうかと思ったわよ。」

 そのとき、アンリちゃんはふと思い立ったように口を開いた。

 「そういえば、貴方たちのご両親はいらっしゃらなかったの?」

 「あ~、私はね、さっき会ってきたよ。」

 アンリちゃんの問いかけに対してヒカリちゃんは思いもよらない答えを返した。

 「え!?ヒカリちゃん、いつの間にご両親に会ってきたのですか?!私もご一緒してご挨拶したかったのに!」

 「貴方はヒカリのなんなのよ…」

 「ふふふ。慰労会が始まる前に、会ってきたんだ。ママはいつもどおりべた褒めしてくれたんだけどね、普段滅多ふだんめったにこういう行事に顔を出さないパパが、ここに来てくれただけでも珍しいのに、今日はいい演技だったって褒めてくれたんだ!」

 とっても嬉しそうなヒカリちゃんに、アンリちゃんは合点がてんがいったといった風で話した。

 「そういえば、前にヒカリのお父さんを見たのは中等部の最後の演劇の時だったわね。卒業の日にも見かけなかったくらいだし、とても珍しいことだったのね。」

 「え!?あの日パパいたの!?」

 「え?なんでヒカリが知らないのよ。私、ヒカリのお母さんが男性の方と立っているところを見たわよ。」

 アンリちゃんがそういうと、ヒカリちゃんはアンリちゃんの肩をつかんでグラグラと揺らしました。

 「な~ん~で今まで言ってくれなかったの!アンリちゃん!」

 「し~か~たないでしょ!一月前まで喧嘩してたんだから!それに言ったからって何になるのよ~!」

 「ママにあの日パパが何て言ってたか聞けるでしょ!それに、あの日言ってくれてたらもしかしたら会えたかもしれないのに!」

 「話を聞いた限りだと、ヒカリちゃんのお父様は不器用な方なんですね。」

 私がそう言うと、ヒカリちゃんは力が抜けた様子で不満を漏らした。

 「そうなんだよ~小さい時から全然褒めてもらえなくって、お話したことなんて、数えるほどしかないんだよ~」

 「それにしては、ヒカリはお父さんのこと大好きよね。」

 「うん!小さいときにね、パパとママが話してるところを偶々たまたま聞いたんだ。私は人を褒めることが苦手だから、その分お前がヒカリのことを褒めてやれって。それに対して、ママがね、きっと、褒められたらすごく喜ぶから1度でいいから褒めてあげてくださいって。その次の日に、私、パパに勉強頑張っているな、って褒めてもらえたんだ!それがすごくうれしくって、普段は寡黙かもくな感じだけど、ほんとはわたしのこと愛してくれてるんだって実感したんだ!」

 私がヒカリちゃんの話にほっこりとしていると、アンリちゃんは同じ問いかけを私に繰り返しました。

 「それで、リンゴちゃんのご両親はいらっしゃらなかったの?」

 「ええ、そもそも私、今日が学園祭って伝えてないですもの。」

 私の言葉にヒカリちゃんは信じられないといった様子で聞いてきました。

 「ええ!?どうして?せっかくの学園祭だよ!それに、自分の演技だって見てもらいたいって思わないの?」

 「この時期は両親二人とも忙しいですから、それに」

 「それに?」

 「私の両親はとっても田舎くさいですから、夢華和にはあっていないと思いますわ。」

 「別に、そんなの気にしなくたっていいじゃない。」

 「そうだよ~!学園祭と体育祭ぐらいしか、両親を招く機会なんてないんだから、呼べばいいのに~!」

 うふふ、と笑ってその場をごまかしました。本当は田舎くさい、というよりも貧乏でみすぼらしい、といった方が正確なのですが、そんな言葉を大切な人の前で言いたくはありませんでした。

 そんな風に楽しく話しているうちに、慰労会いろうかいも終わりの時間になってしまいました。

 今日が終われば、部活動でヒカリちゃんたちと一緒にお芝居の練習をすることもなくなり、今までの関係性が消えてしまうような、そんな不安感が心の中を渦巻いていました。

 「あの、ヒカリちゃん!アンリちゃん!」

 それぞれの寮へ帰るというとき、私は二人を呼び止めてしまいました。

 「その、明日からも、私たち、ずっと友達でいられますよね?!」

 私がそういうと、二人とも優しく笑って言いました。

 「何言ってるの?リンゴちゃん。」

 「あったりまえでしょ!」

 その言葉に、言い表せないほど、感動してしまって、胸がいっぱいで苦しいほどでした。

 「…うん。そうですよね!それじゃあ、また明日!ヒカリちゃん、アンリちゃん!」

 次の日、通常の日課に戻り、ヒカリちゃんとの昼食を楽しみ、放課後、演劇部の部室へ行きました。

 「お、来たね!リンゴちゃん。」

 「こんにちわ、リンゴちゃん。」

 「どうして…どうしてお二人がいるんですか?」

 私がそういうとアンリちゃんは悪戯っぽく笑い、意地悪な口調で言いました。

 「あら、私たちがいるのが嫌かしら?」

 「え?いや、そういうわけではなくって、その」

 「も~あんまりからかうとリンゴちゃんがかわいそうだよ?」

 ヒカリちゃんの言葉にこれほど助けられたことも珍しいでしょう。いつものようにヒカリちゃんの言葉に感動と愛情を感じていると、アンリちゃんが説明してくれました。

 「演劇部は基本自由参加、それは知ってるでしょ?だから普段の練習、けっこう来ない人も多いのだけど…」

 「逆に私たちみたいに、高等部最後の演劇が終わった後に来るのも自由なの!」

 「私は、舞台女優になるためにもっともっと練習しないといけない。」

 「私は、アンリちゃんやほかのみんなのお芝居をもっと観たくって、部室に来たんだ~」

 その言葉を聞いたとき、わたしはうれしくって目頭が熱くなってしまいました。それと同時に、昨日あんなふうに別れを惜しんでしまったことがなんだか恥ずかしくなってしまいました。

 「リンゴちゃん、これからもよろしくね!リンゴちゃんのお芝居も、たくさん見せてね!」


 「黒内さんは夏休みの予定、決まった?」

 「なんですか?やぶから棒に。」

 7月のはじめ。寮でお勉強をしていると、水島さんがいきなり聞いてきた。

 「いや~、黒内さんのことだから、星宮先輩とのデートの予定とか入ってるのかな~って。夏といえば、海とか夏祭りとか、デートの季節じゃない?」

 「いちいちツッコミませんからね。…そういう水島さんは金森さんとデートに行ったりしないのですか?」

 「へ?私がアイツとデート?ん~それはないかなぁ。ユウトもユウトで忙しいし、写真集出さないといけないから、今年は一緒に遊ぶほどの余裕はないかも。」

 「写真集?盗撮集ではなく、ですか?」

 「アハハ、ちゃんと許可取って作らないと法に触れちゃうでしょ。海で水着着てもらって写真撮るの。」

 「水着の写真だなんて、まるでアイドルですね。」

 「フフフ。まあね。」

 なぜか得意げな水島さんでしたが、私は先ほどの言葉にちょっとしたひっかかりを覚えました。

 「って、海に行く予定、あるじゃないですか!」

 「まあでも撮影用の機材とかもっていくし、私はそこまで派手に遊べないかも。せいぜい海の家でだらだらしたりみんなとのビーチバレーで圧勝したり、パラソルの下でおいしいジュース飲むくらいかな~。」

 「大満喫だいまんきつじゃないですか!」

 そんな風に二人して笑っていると、突然水島さんは真面目な表情になった。

 「私ね、聞いたんだ。ユウトに。」

 「どうしたんですかさっきから。一体何を聞いたらそんな真面目な水島さんに?」

 「星宮先輩、別の大学に進学するみたいなの。」

 その言葉を聞いた瞬間、私の時が止まった。言われた言葉の意味を理解するまでに、永劫えいごうの時が、星が生まれてからリンゴが落ちるまでと同じくらいの時が流れたように感じた。

 「ユウトがね、星宮先輩との話の流れで、別の大学に進学すること、聞きだしたみたいでね。」

 水島さんの言葉が私を現実の時の流れへと引き戻す。そんな話をするほど仲が良い金森さんへの嫉妬しっとがメラメラと燃え上がる。

 「どうして私も聞いてないような話を金森さんが?!」

 「え、そこ?」

 「だって、ヒカリちゃんは私の親友なんですよ!」

 「今重要なのはそこじゃないでしょ、黒内さん。問題は、あと8ヵ月程度でお別れになっちゃうってことでしょ。」

 「は!そうでした。」

 私の反応に、水島さんが笑いをこらえられないといった様子だった。

 「星宮先輩のこと、大切に想っているなら。大切な存在でいたいなら。伝えられる想いは伝えられるうちに、できるだけ早く伝えた方がいいと思うよ。」

 「それは…」

 「もちろん、心の準備とか、伝えたいこととか整理する時間も大事だと思うよ。伝えたいことだけぶつけるみたいに伝えたって、それはただの独り善がりだから。」

 「…ええ、私ちょっと考えてみます。」

 「ただの友達のまま作る思い出より、もっと進展した仲での思い出のほうが大切だもん。応援してるよ。」

 ずいぶん楽しそうに笑う水島さんはギリギリ聞こえるような声で、「私、キューピットみたい」とつぶやいた。


 「貴方、リンゴちゃんにあのことは言ったの?」

 「え?あのことって?」

 もうすぐ期末試験ということもあり、アンリちゃんと二人でお勉強をしているとき、ふとそんなことを言われた。

 私はアンリちゃんが何のことを言っているのか、ほんとにわからなかった。

 「大学進学のことよ。夢華和の大学部には進学しないんでしょう?」

 「あ~そのことね。たしかに、リンゴちゃんに言ってなかったかも?ま、そんなこといきなり言っても、リンゴちゃんも困るだろうし、聞かれたら答えるくらいでいいんじゃない?」

 仲がいいとはいえ、先輩からこの大学を目指してる。なんて言われても、反応に困ってしまうだろう。だから、リンゴちゃんが気になって聞いてくるようなら答えよう、そんな風に考えた。

 「はあ。貴方それでもリンゴちゃんの親友?大切な友達の進路なんて気になるに決まってるでしょ!第一、ここは中高大一貫の夢華和学園よ。聞かれたらもなにも、普通は大学部に進学すると思うでしょう!」

 「たしかにそうかも。じゃあ、アンリちゃんはリンゴちゃんに、演劇を学ぶために別の大学に進学することは伝えたの?」

 そう。アンリちゃんもまた、夢華和の大学部には進学しないのだ。アンリちゃんは本気で演劇の道に進もうとしている。そのために夢華和の大学部ではなく、演劇を学ぶことができる大学に進学するそうだ。

 私の問いかけに、アンリちゃんは数秒の沈黙ちんもく、その後に目をそらしつつも答えた。

 「も、もちろん?私はお友達全員に夢華和には進学しないことを伝えてるし?リンゴちゃんにも伝えてるわよ?」

 ところどころ声が裏返っていて、明らかに嘘をついている。

 「ほ~ら~!アンリちゃんも伝えてないじゃん!」

 「つ、伝えてるってば!」

 見え見えの嘘を吐くアンリちゃんはやっぱりおもしろい。けれど、自分を棚に上げて私にだけ進学のことを伝えろ、というのはさすがに虫が良すぎると思った。

 「じゃあじゃあ、明日の昼休み、一緒にリンゴちゃんに伝えに行こう?」

 「明日の昼休みは先約せんやくがあるのよね…ごめんなさい。私は私の方で伝えておくから。」

 「え~残念。じゃあちゃんと伝えておくんだよ!」

 「そっちこそ。リンゴちゃんと、真摯しんしに向き合うのよ。大切な、親友なんだから。」


 昨日はあまり眠れなかった。

 ヒカリちゃんに伝えたいこと。楽しいこと、いけないこと、切ないこと、言えないこと。いろいろ考えているうちに日はめぐり、夜はいつの間にか明けていた。

 私は、ヒカリちゃんのことが好きだ。単なる友人ではなく、恋慕れんぼの気持ちを抱えている。

 私がヒカリちゃんのことを愛してしまうのは、きっと当たり前のことなのだ。まるで、熟したリンゴが地に落ちるように。

 昼休み。中庭へ向かう。いつものように、初めて会った日のように。

 正直、この気持ちを受け入れてもらえるかどうかはわからない。昔と同じように、拒絶きょぜつされるかもしれない。しいたげられるようになるかもしれない。

 そんな不安も、ヒカリちゃんなら、きっと。照らしてくれる。明かしてくれる。

 ときめき、湧きたつ感情を必死に抑えて。いつも通りの軌道を、普段通りの挙動を繰り返す。

 中庭で待っているヒカリちゃんは私に気づくと笑顔で手を振ってくれた。

 その所作しょさがあまりにも愛おしくって。溢れ出す心を整理することで精いっぱいだ。

 昨日のうちに考えていたはずの言葉は、今一瞬のうちに降りてきた心に塗りつぶされてしまって、どうすればいいのかわからなくなりそうだ。

 それでも、たぶん。この言葉だけは、絶対に伝えなければいけない。

 私は笑って、ヒカリちゃんに手を振り返した。

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ニュートンの赤い糸 @716Sevencolor

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