第5話 スクリーンの先
「おい、大丈夫か?おい!」
磯野が膝から崩れ落ちた私の身を案じて肩を揺さぶったことで私は正気に戻る。
「あ、ああ、大丈夫だ。少し思い出した事がある」
「!?、何を?」
肩で息をし動転した気を静め、磯野に脳裏を過った確かな記憶を伝える。
「私は火災当時にここにいた」
磯野の顔に困惑の表情が張り付く、無理もないあの凄惨な火災現場から生き残れたのはそれこそ急死に一生を得なければ成し得ないことだ。困惑の表情でしばらく固まった後に口を開く。
「……そうか、もしかしたら
「……でも全てじゃないんだ」
何かをして欲しくて、と言う磯野の言葉、確かに私は火災の当事者だ、それをつい先ほどそれを思い出した。
だが完全じゃない、私はまだ何か大事な事、物、肝心でもっとも忘れてはいけない事柄を私は忘れてしまっている。
「まだ何か思い出せないのか?」
「ああ、思い出せないが間違いなくそれだけじゃない」
私はゆっくりと立ち上がる。磯野との会話のおかげで少し落ち着くことができた。
「ありがとう、もう大丈夫だ」
そう彼に伝えると磯野の困惑していた顔も少し和らいだ。
「行こう、出る頃には多分全てを思い出せる」
「ああ、そうしよう」
そうして私達は映画館の更に奥へと足を運んだ。
「ここが君の連れの1人と最後に別れたシアタールームか?」
私達はシアタールームに続く大きな扉の前に立っていた。
「ああ、万が一でいい、無事であってくれ……」
祈るように呟くと磯野は恐る恐る扉の取っ手に手をかけた。無理もない中にはもしかしたら知り合いの無残な姿とご対面する可能性が高いのだから。
「開けるぞ」
「ああ、やってくれ」
扉をくぐり出た先、そこに広がる惨状に私は絶句した。
絢爛な装飾には似つかわしい焼けた匂いが充満するその一室の座席には無数の焼死体達が観客のように鎮座していた。
「くそっ、やはり……駄目だったか」
磯野がとある遺体の前で無念で溢れる悪態をつく、服装から見るにそれは2人の連れの亡骸の様だ。
「それにしてもこの仏さん達はなんでこんなことに……」
じっくり見るの憚られるほど凄惨な遺体、服装はほとんどがバラバラ、作業着やら私服らしきラフな服装、磯野の連れは磯野同様スーツ姿だ、何より不可思議なのが遺体は原型がないほど焼き尽くされているのにも関わらず衣服や所有物は一切無傷なのだ。
「恐らくここにいる全員が何らかの理由でこの映画館に侵入した」
「そこで規則を知らず知らずの内に……」
「ああ、結果的にここに招かれてあの館長とやらに殺害された連中だ、あそこ一帯の作業服の連中はここを解体しに来た連中だろう、私服らしい連中は廃墟巡りか心霊スポット目当ての動画配信者だろうな」
磯野はやけに詳しく被害者達を把握している。
「磯野、君は何故、ここの事を詳しく知っている?連れや君の服装は廃墟探索や心霊スポット巡りにしては厳かすぎる」
「…………、俺達はある依頼でここに訪れた。詳しくは仕事上話せないが……」
磯野は懐疑的な視線を一瞬送るも事情を話し出す。
「ざっくり言うと俺達の生業はこういった異常現象を調べあげて解決することなんだ、なんでそんなことをしているのかはすまないが守秘義務で教えられない」
私はまるで戦争末期のナチスの与太話、ヒトラーが聖杯だの聖櫃だのを探索させてたような現実味の無い都市伝説が脳裏を掠める、彼の語る来歴は甚だ現実離れしている話だ。
だが現状私達は異界と化した映画館に閉じ込められている。実際に異常現象に立ち会っているのだから彼の話は嘘ではないと言える。
それに彼がそういったことのプロだと言うなら頼もしいことこの上ない。
「ああ、構わない。君が頼りになりそうだと言うことがわかったよ」
「期待に応えられるかはわからないがね」
そう謙遜すると彼は仲間のポケットの中にあったネームタグを手に取った。確かあれは戦争中に戦死した仲間から回収する物だったはずだ、これの存在が指し示すのは彼らが過酷な仕事に身を投じていることの証左である。
「待った」
だが私は頭に浮かんだ一つの懸念で彼の行為を咎める。
「
「……そうだな。すまん、二人とも少し待っていてくれ」
納得した彼はネームタグから手を離し、もう返事を返せない仲間に無念を滲ませながらそう伝えた。
ブーーーーーーッ!!!
突如鳴り響くブザー、これは上映開始の合図だ。
「なんだ?今から何が始まる?」
不意に鳴り響くブザーに磯野が戸惑う、私は次第に暗くなるシアタールームを見渡して空いている席を探す。幸いな事にすぐ近くにちょうど二席空席を発見する。
「着席するぞ」
「何考えてるんだ!?まさか今から映画鑑賞とでも言うんじゃないだろうな?」
「違う、上映中にシアタールームを
「!、ああ、わかったよ」
こちらの意図を察した磯野が着席する、私も続いて着席する。
完全な暗黒と化したシアタールーム、視覚が遮断された結果、人や物が焼ける臭いが嫌でも気になる。
ガーーー、
映写室から映写機が稼働する音が鳴り響く、スクリーンが眩く光りに私と磯野はつい目を覆う。
目を開けると辺り一面作文用紙の山が広がっていた。
ゴースト・シネマ 乾 一信 @gishinn
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ゴースト・シネマの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます