第2話追われる少女

ミユの濡れた髪から、ぽたりぽたりと水滴が落ちる。

タカシは黙って、自分の毛布を彼女にかけた。


「何があった?」

「言えない。……でも、本当に殺されるかもしれないの」

「誰に?」

ミユはしばらく躊躇した後、小さな声で言った。

「施設の人」


その言葉に、タカシの眉がわずかに動く。

児童養護施設で、子供が命の危機を感じるほどの何かが起きている――

冗談では済まされない。


「名前は?」

「“ミドリ園”。でも、もうバレてる。戻ったら消される」

「なんで、そんなことを言う?」


ミユは、ランドセルの奥から小さなノートを取り出す。

雨でにじんでいたが、そこにはびっしりとメモが書かれていた。


「みんな、急にいなくなるの。夜中に。で、誰も説明してくれない」

「その記録か?」

「うん。でも……私、先生が言ってたのを聞いちゃった。“次はミユだ”って」


その瞬間、ゴミ置き場の向こうで音がした。


──ザッ。


「隠れて!」

タカシが手を伸ばすと同時に、ミユを抱えてベンチの下に滑り込む。

足音。男の低い声がした。


「……逃げたガキがこの辺にいるって話だ」

「マジで面倒くせぇ。あのノート、持ってたらヤバい」


男たちは、明らかに施設の職員ではない。

私服、耳元の無線、言葉遣い。

──雇われた“何者か”。


数秒の沈黙。

足音は遠ざかる。


ミユの手が震えていた。

「ねぇ……おじさん、本当にただのホームレスなの?」


「……元刑事だ」

タカシはしばらく黙っていたが、ポケットからひび割れたバッジを取り出した。

「これはもう、何の意味もない。でも、君の話が本当なら……俺が黙ってるわけにはいかない」


少女と元刑事の逃亡は、ここから始まった。

ふたりの背後にあるのは、ただの施設の不正ではない。

都市の奥深く、闇が蠢いている――。

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