第3話消された子どもたち

店のストックルーム。古いカーテン越しに朝日が差し込んでいた。


ミユはまだ毛布にくるまったまま、じっとノートを抱えていた。

タカシはコーヒーを淹れながら、ぼんやりとその背中を見ていた。


「よく眠れたか?」

「……うん。でも、夢を見た」

「どんな夢だ」

「誰もいない食堂。椅子が倒れてて、音がまったくしないの。なのに誰かが、『ミユ』って呼んでた」


夢なのか、記憶なのか。子どもにはその境界が曖昧になることがある。

タカシは少しだけ顔を曇らせた。


かつて、タカシも似た夢を見たことがある。

それは警視庁捜査一課にいた頃。

ある夜、現場の遺体が自分の名を呼んだ――そんな悪夢だった。


「そのノート、少し見せてもらえるか」


ミユは黙って頷いた。ノートは端が擦り切れていて、文字のいくつかは水で滲んでいたが、そこには確かに“何か”が記録されていた。


ヒロくん → 夜中の3時に呼ばれて戻らず

アヤネちゃん → 泣いてた。次の日いなかった

カナちゃん → 先生と奥の部屋に入って出てこなかった


子どもなりに、懸命に記憶と疑問を綴った記録。

その筆跡に、幼い正義感が滲んでいた。


「……よく書いてたな。誰にも見つからずに」

「トイレの天井の板、1枚外れてて、そこに隠してたの」

「……賢い子だ」


タカシは、かすかに笑った。



その夜。

タカシはカフェの店主から、古い公衆電話の場所を聞いた。スマホは使わない方がいい。警察にミユの位置を特定される恐れがある。


受話器を取り、番号を押す。

昔の癖で、指が無意識に動く。

呼び出し音の後、女の声が出た。


「……はい、文京第一児童相談所です」

「ここに、10年前“ミドリ園”から送致された子どもたちの記録があるはずだ」

「どちら様でしょうか」

「元刑事の北原タカシだ。調べている。個人情報は伏せていい。答えだけくれ」


沈黙。

そして、電話の向こうの声が震えた。


「……その件は、扱ってはいけない決まりです」


がちゃり、と電話が切られる。

その時点で、タカシは確信する。


この事件は、施設の範囲を超えている。

行政のどこかが、既にこの“消された子どもたち”の存在を知っている――。

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