16話 この世界に産まれる前から

【シアンの視点】



 僕はオーバークロックをする為に、ついに3度目の『自爆』を、大声で発していた。


「僕は!! 『20代女性』『白パンツ』『えっち』とかで画像検索して! 集めて保存して! そういうコレクションを夜な夜な! つ、『使ったり』しますッ!!」


 再びあたりに沈黙が降りる。


 サロメがヒソヒソ言う。


『あ。そうなんだ。シアンは白いパンツの20代のお姉さんでいつも……。新たな情報ね。ちゃんとメモっておかないと……』


 ネリも顔を真っ赤にして、ヒソヒソ答える。


『そ、そうか……。シ、シアンは、白いのを……使って……。白いやつを……』


 羞恥の大爆発の上塗りで、僕のHPはもうゼロだった。


しかし、オーバークロックはいまだに発動していなかった。


いったいどうなってるんだ? やっぱサロメが嘘ついてるのか? いや、そんな筈はない。心造妖精イデアであるサロメは、嘘をついたら自壊してしまうんだった。


 そしてさらに状況は悪くなる。


 僕の後ろから、女神のように優しい柔らかい声が聞こえる。


「シ、シアン……? ネリ……? い、いったい何をしているのですか?」


 慌てて振り向く。


そこには、盾矛パイルバンカーを持って黒い重鎧を着て佇む美女が、立っていた。


 思わず彼女の名前を叫ぶ。


「ア、アアアンネリースさん!?」


 しかし、アンネリースさんの表情はなぜか恥ずかしげだった。


え? …………てことは……?


 僕は必死で言い訳をする。


「こ、こここれは! オーバークロックする為に必要な儀式なんだ!! いや、てか! ……アンネリースさん? 聞いていました?」


「い、いいえ。な、何も……聞いていません」


 と言ってアンネリースさんは僕から目を逸らして、顔をさらに赤らめる。


 だから僕は確信した。——アンネリースさんにも僕の『性癖絶叫自爆大会』を、間違いなく聞かれてしまっていた事を……。


まじで終わった。今度こそ何もかもが終わった。この世に、神は居ないのだろうか? いや……この世界のナバシア教は無神の宗教らしいので、元々神なんて居ないのか……。


 そんな気まず過ぎる中に、“救いの妖精”が出現する。


「皆様!! 退避を!! バンシィの魔導力が高まりました!!」


 そのラケルの声で、アンネリースさんは一瞬で軍人の顔に戻る。


「ネリ!!」


 ネリも表情を変えて頷く。


「シアン、掴まれ!!」


 僕も反射的にネリに捕まる。


ネリの『滑宙』が始まり、僕たちは再び空中を滑る。


 バンシィから距離を離すと、”彼女”の背中に赤黒い輪っかが浮かび上がっていた。


 フードの奥の骸骨の顔が、こちらを見る。


奥まった瞳が赤黒くフラッシュする。背筋が凍った。


 アンネリースさんが叫ぶ。


「回避ッ!!」


 ネリが急ターンをする。


 バンシィの骸骨の口が十字に赤く光った。


内臓をかき乱すような轟音が、空気を揺らした。


 ネリの加速がさらに増す。強烈な加速が僕を襲う。


 叫震雷クライングブラストの光束が、僕の真後ろを通り過ぎた。


 焼き払われた雑草たちが、蒸気だらけの大気の中で舞った。


 ネリが伝想で言う。


『アンねーさん!! どうする!? もう時間がない!! アデルがゾアライトに飲み込まれる!!』


 アンネリースさんの伝想が聞こえる。


『シアン? オーバークロックはできないのですか?』


 ありのまま答えるしか無い。


『サロメが言っているんだから出来るんだとは思う……。でも、そのやり方が分からないんだ……』


 しばらくの沈黙があったけど、しかしアンネリースさんは直ぐに告げる。


『バンシィの……広域結界の中に入ります』


 ネリが答える。


『やはり……。それしかないか……』


 僕は驚く。


『敵の結界の中って、入れるんですか!?』


 それにはサロメが答えてくれる。


「結界は、『敵の攻撃』という現象を無効化するだけだから、人や物が侵入する事は可能よ。……ただし、敵の結界の中では自分の結界を張る事はできないの——同じ「属性の結界」を除いてね?」


 アンネリースさんが引き継いで答える。


『……つまり……シアンの炎術の結界と、私とネリの氷術の結界は、バンシィの雷術の結界の中で張る事ができません……』


 そして、ネリが結論を言う。


『よって……結界を使えないあたし達は、生身のままバンシィに突貫しなければならない訳だ』


 アンネリースさんが付け加える。


『さらには、敵の結界の中は死線デッドゾーンです。魔道回路への侵襲が生じ、穢れオドが急激に上昇します』


 僕は思わず、禍々しいバンシィを仰ぎ見た。


 その手の代わりに伸びた大鎌の7mの刃は、赤と紫の光を反射していた。


「あんな巨大な魔物の懐に? 結界無しで? 穢れオドも上昇させながら? 無茶過ぎませんか!?」


 ネリが前を向いたまま。それに答える。


「安心しろ。『無茶』は、第一魔導士強襲隊の日常……。『得意分野』であり『特権』だ」


「だからって言っても……。まだ、僕のオーバークロックが……」


 アンネリースさんの伝送が入る。


『シアン。申し訳ないのですが。アデルにも私達にも、もう時間が残されていないのです……。ゾアライトを濁らせ続ける現代の魔導戦とは、体力と精神力と穢れオドとの戦いですから……』


 それを聞いた僕は、赤黒く濁ったアデルのゾアライトを思い出した。


そして目の前で悲痛な声で叫ぶ、かつてアデルだった魔物——バンシィを見た。


 そうだ。忘れてはいけない。『この狂った世界オルネア』で魔法を使うのは、死と狂気との戦いなんだ。


アンネリースさん達は、そんな悪夢のような世界の戦場で、生き抜いてきたんだ。


 詩歌と僕が見た『白に蹂躙されたこの世の終わり』が、目の前の地獄と重なった。


 アンネリースさんは、感情の読めない声で、僕に優しく告げる。


『……ですから、シアン。ここからは、魔殻兵である私とネリに任せてください。我々の重鎧は、ゾアライト機関を内蔵した重装甲の特別な物です。穢れオドへの備えもあります。ですから、一般人であるシアンは退避を……』


 それに被さるように僕は伝想を返す。


『嫌です! 僕も連れて行って下さい! いや……連れて行ってくれなくても、一緒に行く!!』


 一瞬の沈黙がある。


 しかし、アンネリースさんの驚きの声が伝わる。


『そんなバカな……シアンは鎧すらつけていないんですよ?』



 ——確かにアンネリースさんが言うように、僕は今かなりバカな事を言っている。


この世界の軍隊ですら手に負えない魔物と直接対峙するのに、シャツとチノパンだけで向かおうとしているんだ。そんなのは自殺行為だ。分かり切った事だ。


 でも僕はさっきから、どうしても掴めなかった詩歌の手を、思い出していた。


あの時の僕は、どんなにどんなに手を伸ばしても、落ちる詩歌を救う事ができなかった。


 だからもう、そんな事は嫌なんだ。


 目の前で消えてしまいそうな人が居て……それを掴むことができないのは、もう嫌なんだ。


だから僕は、誰かを救うためなら、死んでも諦めないって決めたんだ。


 決心した僕は、アンネリースさんとネリに言う。


——しっかりとした声で。自分の言葉で。


『僕はアデルを救いたいんです。ただそれだけなんです。その為に、この戦場地獄に来たんです。だから覚悟は、もうとっくに出来ているんです。——それも……この世界に「産まれる前」から! だから……行かせてください! オーバークロックも、何としてでもやってやります! だから、僕も一緒にアデルの元に連れて行ってください! お願いします!! アンネリースさん!!』



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