15話 そうなの……。良かったわ……

【アンネリースの視点】



 私の部下が被弾した。


爆術弾ばくじゅつだんにより彼女の固有結界は破壊され、次いで飛来した炎術魔法により彼女は10m後方に吹き飛んだ。


「リフカ!!!!」


 彼女の名前を叫ぶが、敵の攻撃が激しく振り返ることすらままならない。


「くっ!!」


 魔力をふり絞る。


——【Eidolic Aegis / Cryon】

  (固有結界 / 氷術)


 固有結界を張りながら、遮蔽物から走り出した。


 降り注ぐ弾丸が、水色の結界で次々と停止し、降り積もっていく。


「アンネリース様! 穢れオドが急上昇!! 既にゾアライトの37%が赤色化しております!!」


 ラケルの声を無視し、私は敵方向に両手を突き出し、さらに魔力を収束させる。


地面にルーンが刻まれる。


——【Frost coffin / Cryon】

   (白凪しらなぎひつぎ / 氷術)


 発動させた白凪の棺は、地面から氷柱を突き出しながら進み、150m先にまで迫っていた敵軍の数人を、遮蔽物もろとも凍結させた。


「くっ!!」


 激しい頭痛で、思わず頭を押さえた。しかし敵の弾幕は止まらない。


 私の固有結界に、さらなる弾丸が打ち込まれる。


このままではさらに魔力を消費する。


 だから私は、遮蔽物にふたたび隠れ、固有結界を解除した。


 荒れた息のまま伝想でんそうを開始する。


『リフカは!?』


 別の魔殻兵が応答する。


『倒れたままです! しかし、敵の攻撃が激しく、衛生兵が近づけません!!』


『分かった。私が行く!!』


 その私の伝想に、ラケルの声が被さる。


「アンネリース様!! 魔導榴弾!! 直撃します!! 退避を!!」


 反射的に走った。


 遮蔽物から出る。


——【Eidolic Aegis / Cryon】

  (固有結界 / 氷術)


 固有結界を張った。


 それと同時に私の背後で激しい閃光が溢れる。目の前が真っ白になる。


同時に、身体を貫くような衝撃に襲われた。


 私の身体が飛び、草原に倒れこんだ。


頭を打つ。


 音が遠のいて、目の前が真っ暗になった。


 どさどさと、爆風で巻き上がった土塊が、降り注ぐ。


気を失っている場合じゃない。なんとかしないと……。


 身体を起こし、目を開いた。


 丸く抉れた大地が見える。


 咄嗟に上を向く。


曇り空が見えたが……私は息を呑んだ。


絶望がそこにあった。


 なぜなら、上空には多くの魔導榴弾の軌跡が見えたからだ。


流星群のように降り注ぐそれは、確実に私の頭上を狙っている。


 かわしきれない。


結界を張っても、防ぎきれない。


 死を覚悟した。


 しかし、その絶望は覆された。


 私の体は、いつの間にか巨大な緑色のルーンで包まれていた。


——【Extended Aegis / Wind】

   (広域結界 / 風術)


 『緑色の広域結界』が私を包んでいた。


 その広域結界は、爆発的な勢いで拡張し……。その大きさは半径200mほどに達した。


上空に浮かんだ魔導榴弾は、次々と爆裂して消失する。


 その200mの広域結界は、彼女の代名詞だった。オルネア全土に知れ渡った『絶対女帝の巫女』……。


その“自分の上官”の名前を呼ぶ。


「マリナ様……?」


 彼女の声はどこまでも凛としている。


「よく耐えたわ。アンネリース。大変でしょ? 人を率いるのって……」


 身長は155cm。


腰までの長さのストレートの黒髪。黄金色の瞳。たくさんの勲章と士官服の下は、レース付きの白いブラウス。腰に巻かれたタイトスカート。そして、汚れ一つない『赤いハイヒール』。


ゾアナの街にショッピングに来た貴婦人のような、戦場にはまるで場違いな彼女こそ……私の上官であり数々の命の恩人である……第一魔導士強襲隊 隊長 マリナ・ブロワ少佐だった。


 マリナ様の広域結界により、草原には一時の無音が訪れていた。


 私は立ち上がりながら、彼女に言う。


「たしかに……大変です」


 マリナ様は、私の手を右手で握り、引き上げる。


 彼女の白い手が土で汚れた。


 マリナ様は話を続ける。


「それでも、一応コツはあるの」


「指揮官のコツ……ですか?」


 私を立たせて、マリナ様は微笑む。


「そう。指揮官のコツ。それは……『適度にサボること』よ。もちろん、ずっとサボっていてはダメなんだけれど……自分が動く必要が無い時には、絶対に動かないの。それが、コツよ。……だって、部下の体力や魔力が尽きる前に私がへばっちゃったら、少佐失格でしょ?」


 マリナ様はさらに微笑んだ。


 私もつられて微笑んだ。


「命の危機が迫る戦場でサボる……私には、まだできそうに無いですね」


「ふふ。それで良いのよ。それがあなた……アンネリース大尉の弱点だけれど……でも、とっても素敵なところなのよ」


 ラケルが現れる。


「アンネリース様。リフカ様はなんとか一命を取り留めたようです。現在は、衛生兵による処置を受けております」


 朗報にホッとする。


「そうなの……。良かったわ……」


 なぜか少し、涙が出そうな気がした。


 そんな私の様子を、マリナ様は目を逸らして見ていないようだった。……やはり、この人はずるい。


……しかしだからこそ……彼女に自分の存在価値を預けてきたのだと、改めて思った。



———

————

——



【マリナの視点】



 アンネリースは『聖者の少年』の援護のために前段に向かった。


私はルミエラを通して各隊への通達を終え、広域結界の維持に努めていた。


 各隊の数々の報告を一通り受け取り、一仕事を終えた私は、“ある事”が気になり“彼女”を呼び出すことにした。


伝想を開始する。


『ラケル? 私の前に出られるかしら?』


 呼びかけに応じ、私の前にラケルがあらわれる。


「いかがされましたか? マリナ様」


「アンネのことで、少し聴きたいことがあるの」


「アンネリース様のことですか? 上官のマリナ様であれば、なんなりと……」


「この戦闘が始まってから、アンネの様子がちょっと変わったような気がするのだけど……私の気のせいかしら?」


 それを聞いたラケルは、かなり驚いた表情を作った。「寝耳に水」というと、正に今の彼女のような表情を言うのかもしれない。


それを見て、私もちょっと驚いた。


 普段冷静な心造妖精のラケルでも、図星を突くと、こんな表情になるのね。


 ラケルは驚いた表情のまま言う。


「さすがマリナ様。お気づきになられましたか? そうなのです。アンネリース様……ちょっと……『変』なのでございます」


 私は考えながら質問を続ける。


「ラケルからして、アンネがちょっと変……。どういう時に、あなたはそう思うの」


 ラケルも考え込むような姿勢で、話を続ける。


「そうですね……。主には、私とアンネリース様の思考を同期する時です。……先ほどからアンネリース様の頭の中で……シアン様の肉体的な映像が、混ざるようになりました」


 私はまたしても、ちょっと驚く。


「シアン? 肉体的な映像?」


「あぁ……申し訳ございません。失礼しました。シアン様とは、くだんの『聖者』の男性なのですが……彼の肉体の映像が、アンネリース様の思考を侵食しているのです」


「……なるほど。男性のシアンの肉体の映像がアンネの頭の中で……。ちなみに……そのシアンって人、どんな男性なの?」


「シアン様は、18歳の男性です。身長は165cmほど。身体は細身で華奢です。美男子……とまでは言えませんが、標準的な18歳の男性と言えます」


「なるほどね……。華奢な18歳の男の子……」


「ええ。それとシアン様は、『クレヨン』だそうです」


「クレヨン……? それは……どういう意味?」


「その……クレヨンのことについては、私も理解しかねるのです。アンネリース様に聞いたところ、赤面されて、詳細は教えていただけませんでした」


 以上の話を聞いて、私はだいたいの事が理解できた。


 つまりアンネリースは……。


 ……いえ……これは、言葉にしちゃ駄目かもしれないわ。


 ともかく納得した私は、ラケルに礼を言う。

 

「ありがとうラケル。大体のことは理解できたわ」


 ラケルは再び驚き、不思議そうな表情で言う。


「え?……マリナ様はこれだけの情報で、アンネリース様のことをご理解されたのですか?」


「ええ。大丈夫。ほとんど理解できたと思うわ……。アンネは私のいちばんのお気に入りだもの……。でも、それにしても……」


 私は前線を見据えて、独り言を呟く。


「第一魔導士強襲隊の『哺乳類最強の女傑』を、そこまで惑わすなんて……。そのシアンって少年って、『何かの天才』なのかもしれないわね……。『ちょっと妬けるかも』って言ったら言い過ぎかしら?」


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