2話 もう、終わっちゃったのかな……?

 詩歌と僕は、恋人ってわけじゃ無い。


お互い幼馴染という認識だと思う。


今日映画を観に行こうとしていたのも、デートじゃ無かった。二人が好きなアニメの総集編を観に行こうと思ったんだ。


ただ、それだけだった。



 でもそんな日常は、一瞬で非日常に『貫かれ』た。


 僕と詩歌がスクランブル交差点で信号待ちをしていると、空に突然『白い線』が現れた。


そしてまばたきする間に、『白い線』は一瞬で、スクランブル交差点の大型モニターを消し飛ばした。


 唖然とした。


 全く現実感が無かった。


だから、誰もがその『奇妙な現実』を、新手の立体映像か何かだと勘違いした。


 子供が「お母さん。あれも映像なの?」という声さえ聞こえた。


 それぐらい、『白い線』の存在には現実感が無かった。


 しかし、すぐに状況は一変する。


 詩歌と僕の50m前を、『白い線』の群れが横切り、何十人単位の人間を一瞬で消してしまう。


 信号を渡ろうとしいた人々が居なくなり、アスファルトの上には白い横断歩道だけが残った。


「ひっ」


 詩歌の、呼吸音とも付かない声が漏れた。


僕も含めて、その場に居た全員が息を呑んだ。


 不気味な静寂の空間が、現れた。


 しかしすぐに、あらゆる人がほぼ一斉に悲鳴をあげた。


しかし、『白い線』はそこに無感情に襲い掛かる。


——右往左往するスーツの男性……

——転んで倒れた外国人の旅行者……

——泣き叫ぶ親子……


全てが一瞬でその場から喪失した。


 僕は、咄嗟に詩歌の手を握る。


「紫安……?」


 振り向いた詩歌の目は、戸惑いで揺れていた。


だから僕は詩歌の手をしっかりと握り直す。


絶対に僕たちは離れてはいけない。


「逃げよう!!」


 詩歌は長い黒髪を揺らし、無言で頷いた。


僕たちは二人で走り出す。


景色が動き始める。


 僕達はお互いが離れないように指を絡めあい、息と汗を散らして走り続けた。



———

————

——



 夕暮れが近づいていた。それでも走り続けていた。


何度目か分からなくなったが……振り返り、詩歌を確認する。


詩歌の頬は涙で濡れて、制服も土埃でドロドロだったが……でも、汚れた生身の脚を見てホッとした。


同時に、『ともかく安全な場所を見つけないと』という想いが、僕をさらに焦らせた。


 しかしまたしても脈絡無く、白い線が空を走る。


数千を超える白い線が目の前を走り、ビルを飲み込んだ。


ビルの上半分が直線に消え去り、雲一つ無い青空が現れた。


 心臓が何かに掴まれたみたいに、高鳴った。


 でもその向こうに……赤い吊り橋が見える。


あれは……たしか……隣町に繋がる吊り橋だ。


 この街はもう終わりかもしれない。でも隣町に行けば、もしかすると安全な場所があるかもしれない。


 だから詩歌に言う。


『詩歌!! あの橋を渡ろう!!』


 詩歌は、息を切らしたままうなづく。


詩歌と僕の汗が混ざり、指を滑らせた。



———

————

——



 「紫安!! あそこ!!」


 そう言った詩歌は、夕日に照らされた梯子を指差した。


それは、目の前の巨大な吊り橋まで繋がる梯子だった。


 その従業員用の非常階段は、夕日に照らされて真っ赤だった。


 「先に登って!」


 と詩歌は言ったが、僕は後ろを振り向く。


空には白い線が縦横無尽に飛んでいて、街の建造物を様々な角度で飲み込み続けていた。


 白い線は確実に増えていた。それも、逃げ場の無い悪夢のように……。


 だから詩歌に言う。


「いや……。 僕が後ろだ」


 詩歌はグレイの瞳を大っきくする。


「……え? どうして?」


 空を横切る白い線の群れを指差しながら言う。


「何が起こるか、もう分からない。だから、詩歌は前! 落ちたりしないように、僕が後から登るから!!」


「で、でも……」


 遠くからこちらに向かって来た人間がまた一人、白い線に消された。


 冷や汗が吹き出した。


だから詩歌に怒鳴るように言ってしまう。


「だめだ!! 詩歌が前で、僕が後ろ!! 詩歌を危ない目に合わせたく無いんだ!!」


 何かを諦めたような詩歌の声が聞こえてくる。


「そ、そういうことなら……うん。……分かった」


 そうして僕たちは、どこまでも赤い梯子を登ることにした。



———

————

——



 梯子を登り始めてすぐに、詩歌が梯子を登ることを躊躇ちゅうちょしていた理由が、わかった。


 まず目を上げると、こんこんと梯子を響かせながら登る、詩歌のローファーの靴底が見えた。


さらにその上には、夕陽を浴びた詩歌のつやつやした太腿がある。


 そしてなんと……太腿に押し広げられたプリーツスカートの奥には、詩歌の『パステルピンク』がはっきりと見えてしまっていた。


 ふわふわだった。


 すごかった。


 ……たぶん、男なら誰だってそう感じると思うけど……その光景は、刺激的過ぎた。


 僕の心臓がバクバクと高鳴る。


 詩歌の声が聞こえてきた。


「わざと……じゃ無いよね?」


 『パステルピンク』と目を合わさないように言う。


「な……なな、何が??」


「変に誤魔化さないで。……紫安のえっち」


「え、ええっちだなんて!! そんな!!」


 詩歌は、梯子を登ることを止めなかった。


「……でも良いの……紫安なら……」


 驚いて声が出る。


「ふぇ……??」


 少し恥ずかしげな声で詩歌は言う。


「だって……こんな時だし……何より私が先に、紫安の”全部“、見ちゃったから……。だから良いの。だって……”おあいこ“だから」


 さらに暮れた陽射しが、詩歌の太腿を濃い赤に彩っていた。


 思わず僕の”一部”に血流が集まり、ズボンが窮屈になった。


「ちょ……まって……。なんでこんな時に……」


 伏せた詩歌の眼には、長いまつ毛が繊細な影を作っている。


詩歌の表情には、甘い戸惑いがあった。


……そしてその頬は、目の前の夕日よりも温かく、赤く輝いて見えた。



———

————

——



 梯子を登りきったとき、僕と詩歌は息を止めた。


 目の前には太陽が落ち切ろうとする、赤い空があった。


そしてそこには……、あるはずの吊り橋が無かった。


 冷たい空気が、服と肌の間に広がった。


 梯子の頂上から見える景色は、広がる空だけだった。


 つまりその光景は……僕達の『逃避行』が、ここで終わる事を示していた。


信じられなかった。


その事実を、すぐに受け止められなかった。


 なぜなら僕たちは今まで、何事もなく梯子を登って来たからだ。


 詩歌がつぶやく。


「そんな……」


 その詩歌の声には、絶望の音質が色濃く混ざっていた。


それは吊り橋が無かった事も当然だけれど、それよりも……さらなる絶望を目の当たりにしたからだった。


 なぜなら空の下には、無数の『白い線』が地上をうごめいていたからだった……。


『街だった巨大な瓦礫の塊』を見た詩歌は、振り返って僕に聞く。


「私たちの世界って……もう、終わっちゃったのかな……?」


 詩歌の顔には、今にも砕けそうな張り詰めた笑顔が、浮かんでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る