第5話 生物室の妖精

入学2日目の昼休み。性格に言えば今日は4限までしか授業がないので“放課後”だが、通常の時間割ならば“昼休み”にあたる時間だ。

そんな時間に、俺たち4人は俺の机を取り囲みながら昼食を食べていた。さくらと美香はお弁当、俺と凛華はコンビニのおにぎりを食べている。


「そう言えばさ、みんなって部活決めた?」

「まったく。さくらは決めたのかしら?」

「えっとねー、あたし実はバレーボール部に興味があるんだよね」

「へえ、なんか意外ね」


そう言いながらトスする動作をし始めたさくらに即応して、凛華も空想上のボールを打ち返し出した。


「実はさくら、小学校まではバレーボールを習ってたんですよ。中学でやめちゃったみたいですけどね」

「そうなのね、やっぱり意外だわ。…というか、あなた達っていつからの仲なの?」

「小学校からずっと一緒ですよ」

「なるほど、小学校からか。…ん、えっ、小学校からっ!?」

「はい!」


はい!じゃねぇよ!

小学校から同じって何だよ?小中高と全部一緒ってスゲェな!?


そう思っていると、エアバレーボールに飽きたらしいさくらと凛華が会話に戻ってきた。


「そうそう、あたしらずっと一緒なんだよねぇ。てか、凛華は小学校の時に引っ越してきたから途中参戦だったけど、美香とあたしは幼稚園から同じだったし」

「えぇ…、そんなことってあるのね…」

「あはは、凄いでしょー」

「うん、だいぶ凄いわ。それにみんな家も近いんでしょう?」

「そだよ〜」

「朝も時々一緒に駅まで行ってるくらいにはね。ちなみにあたしの家は最寄りから2分!!」

「つくづくすごいわね、あなた達…」


つまるところ、さくら凛華美香の3人は幼馴染なわけだ。そんな仲良し3人組に俺が参入できたのは運が良かったのかもしれない。普通、もともと仲がいい人たちのグループに新参戦するのは難しいだろうからな。どこか疎外感を感じたり、気まずさを感じたりしてしまうだろう。

だけどその点さくらたちは俺のことを快く迎えてくれた…というよりいつの間にか俺もメンバーに加えてくれていたし、今の所俺は楽しくやれている。だから3人には感謝しつつ、仲良し4人組になれるように頑張ろうと思う。


「…ん。少し摘んでくるわね、花を」

「行ってらっしゃーい」

「行ってら〜」

「1人で出来ますか?わたしも着いて行った方がいいですか?」

「え、私って幼稚園生か何かだと思われてるの?」


美香のボケにツッコミつつ、俺は席を立ってトイレに向かった。

金髪巨乳の美香ちゃんは真面目そうに見えて結構ボケたりイジったりしてくるんだよな。今度は俺もいじり返してみよう。

…おっと、漏れる漏れる〜!


* * * * *


「ふう」


廊下を小走りに進んで辿り着いたトイレで用を済ませ、スッキリした気持ちで俺は再び廊下に出た。


さあ、教室に戻ってみんなとお喋りしよう。

そう思った時だった。


「………て……から…………よね……そ…」


教室に向かって歩き始めたその瞬間、ブツブツ独り言を言いながら歩く人が俺の横を通り過ぎたのだ。


「痛っ」

「………しな…………から……」


それも、俺にぶつかったというのに、謝るどころか気付きすらしない程の集中力でブツブツ独り言を言っている人が。

一瞬しかその姿は見れなかったが、全体的に髪が長く、前髪も長いせいで表情などはよく見えなかったのは分かった。

そんな彼女は階段を降りて行ったので、俺も追ってみようと思う。何であんなに集中していたのかも気になるし、せめて一言ぐらい謝罪の言葉を口にさせたいからな。俺はそこら辺厳しいんだ!


そうして俺は即座に行動を開始する。

階段を素早くスタスタ降りていくと、1階で廊下に出た彼女の背中を見つけた。ちなみに地下には食堂がある。

そして彼女と数メートルの距離を保ったまま俺は追跡を続けた。教室が並んでいるフロアとは明らかに真逆の方向に進んでいるが、この人はどこを目指しているのだろうか?まだ入学して時間が経っていない俺にとって、この校舎の構造は少々複雑だ。

一方、上履きに入っているラインの色からして、この人が2年生の先輩であることは分かる。1年生は青色。2年生は赤色。3年生には緑色の線が上履きに入っているのだ。つまり俺は今、見知らぬ先輩のことを追跡しているわけだ。

…ふっふっふ、なんか燃えるぜ!


そのまま追跡を続けること1分ちょい。


「ん、生物室?」


先輩は『生物室』の看板が埋め込まれた部屋の扉の前で立ち止まると、ポケットから鍵を取り出して鍵穴にそれを差し込んだ。よほど鍵は硬いのか、何度かのガチャガチャを経てようやく鍵が開き、先輩は横開きの扉を開けたまま生物室の中に入ってしまった。


なるほど、先輩は生物室に用があったわけだ。

生物部員か、それとも単に用事があるだけか。理由は気になるが、そもそも俺は生物室に入っていいのだろうか?

まあ、いっか!

生物部員でも特別な用事があるわけでもないけど、別に部屋に入って悪い事をするつもりもないんだから入ったって問題ないはずだ。


そういうわけで俺は生物室に入室した。


「お邪魔しまーす…」


中は少し埃っぽい無機質な部屋である。いくつも並んだ横長机の上には消しカスやら小さなゴミやらが残ったままだ。

そんな部屋の窓際の棚の上には複数のガラスケージや水槽が置いてあり、名前の分からない小動物や魚がその中で動いている。

ザ生物室といった風貌だが、の姿はなかった。


「あれ、どこ?」


この部屋に入ったはずの先輩の姿が見当たらないのだ。確実にこの部屋に入るところを俺は見たというのに、その先輩の姿はどこにもない。

一体どこに消えてしまったんだ?


そう疑問に思いながら、入り口近くに立ったまま生物室全体をぐるりと見渡していると、どこからか「ガサッ」という物音が聞こえてきた。

多分部屋の奥の方、段ボールが山のように積まれた辺りからだ。


「…」


そこに先輩がいるのだろうか。

俺は訝しみながらゆっくりとその場所に近づいていく。

その時だった。


「何の用だ?おちびちゃん」

「うわっ!?」


部屋の奥の段ボールに全集中していた時、いきなり俺の背中がポンポンと叩かれ、背後から低い声が飛んできた。

あまりの驚きに俺は全力で体をブルッと震わせ、ちょっと恥ずかしい声を上げながら前に飛び退いてしまった。


「そこまで驚くことはないだろう。随分と小心者の様だな」


腕を組みながらそう言うのは、先ほどまで追っていた先輩その人だった。鼻先まで伸びた長い前髪の隙間から右目だけが見えるのだが、くまが深く鋭い目つきだ。それと、上から目線な態度が少々鼻につく。

そんな先輩と軽く睨み合いながら俺は言葉を返す。


「大層な物言いですね、先輩。私は先輩より背が高いのに『おちびちゃん』だとか、『小心者』だとか」

「ふん。私の方が人生経験が長い分、君が私より精神的におちびであることは変わらない。そして私はいきなり声をかけられたくらいで動揺することはない。よって君はおちびちゃんであり小心者でもあるのだよ。して、おちびちゃん。先ほども問うたが、一体何の用があってここに来た?」

「…色々と言いたいことはありますけど、まあ良いですよ。私が先輩を追ってきたのは、先輩に謝ってもらいたかったからです。さっき私に結構な勢いでぶつかったでしょう?」

「ふむ………あぁ、確かに何かにぶつかった気はするな。そうかそうか、それは君だったのか。ならば謝ろう。すまなかった」

「え?あ、はい…」


思ったよりすんなり謝られてしまったので、俺は少々拍子抜けしてしまった。

てっきりこの人は頑固な変人かと思っていたけど、結構素直なのかもしれない。


だが——


「しかしだな」


——そう思った俺はバカだった。


「私が生物室まで向かう為の最短経路上に君がいたのが悪いとも言える。君は普段道路を歩いている時、通路上に少し大きな石があったからといって道を変えるようなことをするか?しないだろう?それと同じだ。最短経路上に障害物があったとしても、私はその道を変えることはしない。それに、そもそも私は君の存在に気づいてすらいなかった。すなわち、私の進む道に立っていた君にも責任はあり、私だけが一方的に責められる筋合いはないのだよ。ははは。分かったかい、おちびちゃん?」

「…え、つまり私にも謝れっていいたいんですか?」

「いや、別にそこまで言っているわけではない。ただ私を一方的に悪者扱いするなと言っているだけさ。以上。ささ、用事が済んだのであれば帰りたまえ。私は忙しいのだよ」

「そう、ですか……」


何だこの人…。

饒舌にペラペラ喋り出したなと思ったら、その口から出てくるのは先輩にとって都合のいいことばかりだ。しかし、なぜか「一理あるかも?」と思わされてしまう様な不思議な語調でもある。言い返したくもなるが、なぜかそこまで強く反発するつもりにはならない。

まあ、この人が相当の変人であることに変わりはないだろうが。


「ほら、分かったらさっさと帰れ!ほらほら!」

「背中を殴らないでください!帰りますから!」


先輩は俺の背中をポカポカ殴りながら生物室の扉に向かうように指で合図してくる。

もともと長居するつもりもなかったし、先輩には謝ってもらったので、俺は大人しく扉に向かって歩き出した。その最中も先輩は俺の背後にピッタリくっつきながらポカポカ殴ってくる。


「この程度の力で『殴らないで』だと?君は体も弱っちぃんだな、おちびちゃん」

「その呼び方もやめてください。私は東雲怜奈しののめれいなです!」

「そうかそうか。私は西園寺宮子さいおんじみやこだ。君の名前は覚えておくぞ、おちびちゃん」

「だから私は東雲怜奈ですって!」

「分かった分かったおちびちゃん。ほれ、出てけっ!」

「うわっっ!?」


そうして生物室の扉の手前に来た時。

先輩は俺の背中を蹴り飛ばして生物室から強制的に退出させてきた。床に倒れた俺が生物室の方を振り返ると、既に先輩は扉を閉め、さらに鍵までしてしまった。


「ったく、何も蹴らなくたっていいじゃん。結構痛いよ?」


いくら邪魔でも、蹴ってまで部屋から追い出さなくたっていいじゃないか。

そんな不満を1人で言いながら、俺はその場を後にすることにした。これ以上ここにいても何も得られなさそうだからな。


…謎の人物を追ってみた結果、その正体はだいぶ変わった人でした!!




* * * * *


「あ、怜奈おかえりー!随分遅かったじゃん?」

「大きい方か〜?」

「凛華、汚いですよ」

「いいじゃん別に」

「よくないです!」

「勝手に大きい方をしてきたように思われてるみたいだけれど、違うからね?」

「じゃあなんでこんなに時間かかってたの?あたしたちもう食べ終わっちゃったよー」

「なんでって…なんて言えばいいかしら。…そうね、私は出会ってきたの」

「「「何に?」」」

「…生物室の妖精、かしら」

「「「???」」」

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