人間

AM6:00。朝焼けの空を背に、審判の日は1日早くやって来た。




「ここは第6プラントだから、今月の回収日は4/6のはずじゃあ...。」




ドは少し考えた後に答えを出す。




「明日は年度初めの土曜日...。そうか、処理場への輸送道路の定期点検だ。じゃあ一日早く第5プラントと回収されるってわけか。」




その解説を聞いてイワンは極めてドライに言う。




「なるほどね。まあ話すこともなくなってきたし、ちょうどいいタイミングだったんじゃない?」




すると、会話のシリアスモードをぶち壊すようにクリンが口を開いた。




「ていうか、ジェイコブさん、さらっと凄いこと言ってませんでした?」




ジェイコブは急に話を振られ、少し驚いたが、その後、冷静にこう伝えた。




「俺はどうやらエラー監視官なんかじゃなかったらしい。”誰か”が俺、いや俺らの記憶を編集したか、プログラムでも仕込んだんだろう。なんの意図かはさっぱりわかんねえけどな。


もしかしたら、バカな人間が俺らの死に際を、命乞いでもするんじゃないかって、楽しみながら見てるんじゃねえか?」




そう言い、三人を試すかのような口ぶりで続ける。




「今更逃げ出すか?どうせその時点で電源が自動でオフになるか、体が動かなくなるだろうけどな。それに...。


お前らは、こうなることを、壊されることを、望んでたんだろ?心のどこかでよ。」


ドはおちょくるようなジェイコブの口調に、極めて正面から答えた。




「ああ。多分そうだと思う。俺ら三人のうちから、不自然なくらい、一回もそう言う話題が出ることはなかった。」




大量のドローンは、その機体に付いた左右のロボットアームで、極めて効率よくロボットを回収していく。こう話しているうちにも入り口近くの”山”が二つ分ほど回収された。


その様子を冷静に見ていたイワンが言う。




「そろそろ、ドローンが私たちのところへ来そうよ。」




ドはどこかせいせいしたような口調で、告げた。




「短い間だったけど、退屈はしなかったぜ。」




そのセリフを聞き、クリンは少し笑った後に、一つ提案をした。




「最後に、皆んなで名前を呼びませんか?」




  *




 「おい、なんでそんな恥ずかしいことを...。それに、名前ならこれまでに何度も呼んでただろ?」




ドの発言を、クリンは丁寧に訂正する。




「違うんです。自分で”自分の”名前を呼ぶんです。」




その訂正に、ドは先ほどより大きな拒否感を示した。




「さらに恥ずかしいじゃねえか...。な、なんでそんなこと。お前、もしかしてセンチメンタルとかいうモンになってるのか?」




クリンは、祈るように、落ち着き払って言葉を選ぶ。




「そうかもしれません。ただ、どうせなら、最後までの残り少ない時間を、大切に過ごしてみたいんです。




ジェイコブさんにああいうふうに言われた時、私、少し不安になったんです。いや、今も。”魂”なんて本当はどこにも無いんじゃないかって。




でも、そうだとしても。むしろ、わからないなら、最後の時まで、”魂”かどうかわからない、曖昧な”ざわめき”に、”まどろみ”に、向き合いたい。浸っていたいと思ったんです。」




その言葉をそれぞれが少ない残り時間の中、大切に反芻する。そして今度はイワンが言葉を紡いだ。




「名前...。それはおそらく、私たちが最初に手にした、”意味を持った存在”。」




そして、ドが続く。




「そうだ。そうだぜ。俺は”ロボット”だ。使われ、廃棄されゆく存在。だけど、誰かに与えられた名前や、記憶や、それらをひっくるめた意味だって持っている。それら全部ひっくるめて俺らだ。」




「俺はDO-1879……、いや、ド。ドだ!」




「そうね。私はイワンよ。」




「私はクリンです!」




三人は自分の名前を、自分の存在を、静かに肯定し始めた。そしてもう一人のロボットは、照れくさそうに、そして温かい眼差しでそれを見つめた。審判の時は近い。




  *




辞書に載ってない。誰も教えてくれない。あるのかもわからない、何か。




それは、



光より優しくて、



空より鮮やかで、




海より豊かで、




陸地より確かで、



植物より強くて、




動物より激しくて、




人間より意味を持つ。




何でもなくて、それら全てでもある。




  *




「ド」


「イワン」


「クリン」




俺らは皆んな見えない傷を負って、この廃棄場で出会った。皆んな似たもの同士だった。




  *




「ド」


「イワン」


「クリン」




そして私たちは、それぞれがその傷と向き合い、答えを出そうとして試行錯誤した。




  *




「ド」


「イワン」


「クリン」




そしたら気付いたんです。傷だけじゃなくて、思い出で、感触で、声で。私たちは素敵なもので満ちていたんです。




  *






「ド」




「イワン」




「クリン」




「.........。」




「...ジャコブ。」





空っぽな世界は、こんなにも満ちていたんだ。そして俺は、それに気付けたんだ。






じゃあ、こんなにも溢れてるなら、魂”くらい”、あってもおかしくないかもな。






  *






言葉の前にある、その何かを、言葉をつくして形容しようとする。






出来ない。ちっとも出来やしない。






この世界の言葉は有限だ、その前にある無限にはなんと無力か。






ああ、なんて素敵なことだろう。




この世界は、なんて素敵なんだろう。






  *






ロボット三原則




第三原則 ロボットは自身を守らなければならない。

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