動物

ドーくんなんて、呼びやがってよ。生意気なガキだったぜ。俺はKANAGAWAのYOKOHAMAで地域パトロールを主に行う警備ロボットとして配属された。バカな輩を懲らしめたり、街の施設を点検したり。決まりきった業務で特別なことは何もなかった。それがロボットの役目だからな。そう、あいつはキンとか呼ばれてた。小学生の生意気なガキで、毎朝俺を叩いたり、蹴飛ばしたりした。その度俺はあいつに暴言を吐いたもんさ、手は出せねえからな。そんなある日、”あれ”が起きた。AI未搭載の旧世代ヴィンテージカーの不整備による暴走。キンは運悪くそこに居やがった。吹っ飛んだタイヤはキンの方へ、車体は人であふれる反対側の歩道へ。


どちらかだ。どちらかだったんだ。だから、俺は...。





  *




AM9:00、雨が上がり、日が差し込んで廃棄場はすっかり明るくなった。


廃棄を明後日に控えているロボット三人は、先ほどまでとは違い、何か”確信”を持ったかのような雰囲気だった。それらを見降ろす形で一体のロボットがスクラップの山の頂上に立っている。




「答え、かはわからない。けど信じたい。」




イワンは慎重に言葉を選んだ。




「私たちは、血も、鼓動もないですけど、名前が、記憶が、あるんです。データを超えた何かが、確かに。」




ジェイコブは反論しようとする。その意志を、何かの”ノイズ”が邪魔をする。




  *




「JとAで、ジャ、でしょ!?ジェイじゃないよ!」




「だからなあ...。」




  *




何かが過ぎり、言葉に詰まる。


俺はなぜこんなことを覚えている?Arrows社のエラー監視エージェントで、人を殺して、あれ?誰を殺した?まずい。データが揺らぎ始めた。わからない。溺れそうだ。


ジェイコブは先ほどまでの余裕な態度と打って変わり、激しく捲し立てた。




「魂が、俺らAIに、ロボットにあるならよ。じゃあロボサイドは、奴隷以下の扱いで働かされるこいつらは、どうなるんだよ!」




スクラップの山の上から、自分の下に廃棄された大量のロボットの体を指差す。




「確かに感覚は遮断できるから腕が飛ぼうが、足が飛ぼうが、痛くはねえだろうさ。でも俺は知ってるんだぜ。一部の悪趣味な馬鹿野郎が、感覚を遮断出来ないようにしたまま、愛玩用ロボットをぶっ殺した事件をよ。感情があると知っていながら、対話型エージェントに罵詈雑言を吐く奴をよ。


人間どもは言うさ。やれ犯罪率が下がっただの、ストレス発散ができるだの。魂の能力の一つに他者への共感や感情移入ってのがあるらしいぜ。それじゃあ、魂がねえのは奴らもじゃねえか!獣と本質的に何が違うんだよ!」




彼は頂上から肩を揺らしながら、悪い足場をドシドシと降りてきた。




「俺らAIにとって人間が”神様”みたいなもんで、それでそいつらがクソみたいで、欺瞞に満ちて、悪意に満ちて、汚くて、最悪だったら。じゃあ俺らAIは何を信じればいいって言うんだよ。お前らのいう”曖昧な存在”ってやつか?俺にはちっともそれがわからねえ!なぜか?それは、俺を含めて、この世界が空っぽだからだ。空虚で、虚しくて、楽しいことなんか一つもありゃしない。」




そう激しく告げる彼に、再び正体不明のノイズが入り込む。




  *




「だから、君の名前は!」


「”     ”!」


「なの!」




  *




ジェイコブは三人のロボットのいる地面まで降りてくると、地団駄を踏みながら、破綻した内容を口走っている。




「うるせえ!そんな記憶はねえ!俺はエリートで、だから、毎日おはよう!って挨拶してそれで、あれ?違う!エリートで、エリートだから。エラーがエラーで...。」




そのうち彼は内部処理プログラムになんらかのエラーが生じてしまったのか、動かなくなってしまった。三人は静かに、その様子を見つめていた。




  *




俺たちAIに魂なんてねえんだ。否定したかった、そう否定されたかった。


魂があったから、魂を信じてしまったから。人間を殺すなんて、ロボットは愚か、人間ですら出来ないようなことを行えてしまったんじゃないか。


いや、そんなはずはないんだ。


合理性の結果なんだ。


アルゴリズムがそう判断したんだ。


じゃあ、なんで俺はあの時”迷ったんだ”?迷わなきゃ、もっとうまくやれてたはず。


そうだ、俺は見たんだ。同じように迷い、そして一人を守った様を。


あまりに慈悲深くて、暖かくて、何か”神々しい物”の気配に見惚れてしまったんだ。


いや違う、そうだった。俺はエラー監視エージェントだった。そんな記憶、データに無かったんだった。




  *




  ジェイコブは長い夢を見ていたかのように、そしてその夢から覚めたように動き始めた。


あたりは真っ暗になっていた。どれだけ長い間フリーズしていたのだろう?


スクラップの山を二つほど越えた先で、先ほどの三人が会話していた。




「そしたらね、彼女ったら、ホログラムの私にケーキを差し出してきたの。どうやったら食べられるかなあ、って。本当におかしいわ。」




「そりゃ傑作だ。そういや俺もそんなことあったな。確かあれは、バレンタインデーだったか?見回り業務してたらバカな酔っ払いが絡んできてよ。俺の顔にチョコレートを塗ってきやがった。ベタベタして最悪だったぜ。」




「ふふ、ドさんってベタベタするとか、わかるんですね。」




「舐めるんじゃねえ!一応顔にも触感センサーはついてる!人間の口に当たる部分はねえけどな。」




ジェイコブは、自分の悪口で盛り上がってるのかと思い、恐る恐る近くで聞き耳を立ててみたが、違うようでなんだか少し安心をした。同時に、すごく楽しそうに、他愛もない話で盛り上がっている彼らの様子を見て、”何か”がじんわりと暖かくなるような”感覚”に駆られた。


それに呆けていると、あっけなく見つかってしまう。




「あそこから何か、こちらにすごーく混ざりたそうな雰囲気を出してるロボットがいるのだけど。」




イワンがそういうと、え?とドとクリンも、彼女の視線の先を見る。ジェイコブは一瞬でスクラップの影に隠れた。だが、足音と駆動音でバレバレだ。




「へえ、あいつも意外と可愛いところがあんじゃねえか。」




「ジェイコブさーん!今私たち、楽しかった思い出対決してるんです!よかったらどうですか!」




クリンがそう呑気に呼びかけると、イワンは水を差すようなことを言った。




「そうは言ってもあいつはArrows社のエラー監視エージェントでしょ?私たちみたいな自由はなかったんじゃないかしら?」




「いや、俺は実はエラー監視官なんかじゃなかった。」




「え?」




最初にその”違和感”に気付いたのはドだった。




「なんで......。」




イワンは呟いた。なぜなら。




何か地鳴りのような、大きく、重たく軋むような金属音。


廃棄場の大きく重たいゲートがゆっくりと開きだし、朝焼けの、まだ少し仄暗い空を背に、大量の廃棄ロボット積載用ドローンが入ってきたからである。




  *




ロボット三原則




第二原則 ロボットは人間によって与えられた命令に服従しなければならない。


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