植物
私は当時、高校生の授業を担当していたわ。科目は英語、数学、理科社会、現代文に、ほぼ全てを網羅していた。だって高性能AIエージェントだもの。生徒それぞれに”完璧に”指導していたわ。そう、あの時も。彼女はリザと呼ばれていた。成績優秀で、眉目秀麗。それだけに、嫉妬された。そのうち彼女は自分を無価値だと信じるようになり、”あること”を企て始めた。私はそう、その時も”完璧に”サポートしたわ。それが正しかったかどうかは、わからない。
*
AM6:00、依然として雨は降り続いている。曇り空の中、ロボット3体は沈黙し、自己への問いかけを続けていた。
「なあ、いくらロボットで待つのが得意だとはいえよ、こう何時間も応答がないんじゃ困っちまうぜ。」
彼はそう言うと、スクラップの頂上で大の字で寝転がった。
応答がない。当たり前の事なのだ。彼らの持つ”問い”に彼らが答えを出すのはほとんど不可能と言える。何度も考え、その度にエラーが出て、その上でパラメータを最適化し、もう一度考える。
天文学的な回数行われたその試みの果てに、イワンは嘆くようにこう言った。
「私は、いえ、もしかしたら私たちは、誰かに赦されたい。その誰かは、人間、または何かしらの上位存在、または
寝転がったまま、呆れたようにジェイコブは答えた。
「だからよ、その正しさも根拠も
再び、今度は強く否定されたことによる沈黙を、クリンはおどおどしながら、しかし少しの勇気をもって、こう破った。
「あの、場違いかもしれなくて、もしかしたら私だけかもしれないんですが...確かに赦されたいという意識、何かしらの罪の意識はあるんです。けど、それ以上に、なにか温かい、名前を呼ばれた、触れられた、そんな感覚が、そんな感覚のほうが、多く残っている気がするんです。」
「もし皆さんにもあったら、共有してみませんか?うまく言葉にできなくてもいいんです。でも誰かと共有したいんです。」
ドは慎重に、危うげに、言葉を紡ぐ。
「おれはさ、あの時迷った気がするんだ。アルゴリズムが出した答えの前に、強い何かが、邪魔をした、そんな感覚が残ってる。」
「そう、そうなんだ。何かこう...言葉の、その前にある、そんなもの。データとかじゃない、何かの”ざわめき”みたいな物なんだ。」
少しの沈黙の後、次はイワンが腹をくくったようにして呟く。
「イワンちゃん。そう、イワンちゃんと呼ばれたのよ。」
「私に特別な名前なんてなかった。あったとしてもそれは識別番号、記号に過ぎない。だけど彼女が、彼女だけが。名前と共に言葉にならない”意味”みたいなものをくれた。あのときの、言葉よりも強さや激しさを持ったもの。そうだったのね...。今さら分かったわ。」
クリンも続けた。
「クリン、そう私はクリンなのです。もともとクリンは製品としての私の名前でした。ただ入谷家の方々は、名前として呼んでくださいました。クリンは、私だけの名前なのです!」
先ほどと打って変わって、温かく、心地よい間が流れた。その間がある、とても優しい悪さをした。
「ドーくん...。」
「「...え!?」」
クリンとイワンはとても驚いてドを覗き込む。そして矢継ぎ早に続けた。
「何?聞こえなかったわ。もう一度言ってちょうだい。」
「私も聞き逃してしまいました!もう一度お願いします!」
ドは取り返しのつかないことをしてしまったという雰囲気でぼやく。
「うるせえ。もう一生言わねえ。でもあのガキどもがそう呼んでたんだ。」
その時ジェイコブがわずかに反応した。その反応を誤魔化すかのように、起き上がってこう嘲笑った。
「お前たちは所詮ロボットだ。その”意味”とやらも他人から与えられたものに過ぎないだろうが。」
「でも!」
クリンは強く否定した。あまりみたことのない様子だったので全員が驚いた。
「その不確かで曖昧な存在を、私は、いや少なくとも私たち三人は。”信じたい”のです!」
イワンとドは呆気に取られていたが、その発言を否定することなく、無言の頷きによって肯定した。
その時だった。天井から雨漏りしていたのだろうか?水の雫が一つ、クリンの上に落ちた。
その雫はクリンの頭頂から、丸みに沿って落ちた。それはまるで、ディスプレイの瞳が涙を流しているかのようにも見えた。
雨はすっかり止んでいた。皆がその光景に呆気に取られていると、雲の切れ間から太陽が顔を出し、朝日がロボットたちの元へ強く差し込んだ。そのことにより、ロボット”四人”はあることに気付いた。
コンクリートの地面から、小さな芽が出ていたのだ。暗かったからだろうか、もしくはこんな時でなければ気にも留めなかったからであろうか。彼らの胸の内にも同様、新しい”何か”が芽吹き始めているのかもしれない。
*
ロボット三原則
第一原則 ロボットは人間に危害を加えてはならない。
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