陸地

私はどうするべきだったのでしょうか?2069年、私は入谷いりや様のお宅に家政婦ロボットとして迎え入れられました。彼らは私をロボットとしてではなく、人間、むしろ家族のように暖かく迎えてくださり、とても暖かく充実した毎日を過ごすことができました。入谷家はお母様とそのご子息の二人で暮らされており、所謂老老介護の家庭でした。


ある日ご子息が転倒して骨折してしまい、寝たきりでの生活を余儀なくされてしまいました。さらにお母様も体調を崩され、生活自体が困難となってしまいました。立ち行かなくなった日々の末、ご子息はある”お願い”を私になさったのです。それは、私には“判定できない”ものでした。私は、それを、そのお願いを...。




  *




  突如現れた来訪者は、三人のことなんてお構いなしに話を続けた。




「俺はArrows社でエラー監視エージェントとして用いられていた。そしてお前らのデータに興味を持ったってわけさ。」




違和感だらけの説明にイワンはすかさずツッコミを入れる。




「そんなエリートがなぜ廃棄されているの?見たところロボサイド被害を受けたわけでもなさそうなのに。そしてまずあなた自体の電源はどうしたのよ。」




他二人がはその質問を聞いて、「確かに!」という反応をワンテンポ遅れてした後、ジェイコブと名乗るそのロボットは落ち着いて続けた。




「難しいことじゃない。まずお前らが廃棄されるプラントは俺が情報操作してここにしたのさ。本来ホログラムのお前以外の二人は”雨ざらし”なはずだからな。


そして俺は自身にバイオ電源モジュールを仕込み、主電源モジュールが取り除かれた後でも活動を続けられるようにした。」




イワンは間髪入れずに質問する。




「まだ一つ答えてないわよ!」




わずかな沈黙の後、計ったかのようにタッタッ、と雨粒が天井を叩き始め、感情なんて無いようにジェイコブは答えた。




「なんで廃棄された、か。簡単だよ。人間を殺したんだ。」




「え...。」




イワンは言葉を失い、三人は呆然とした。雨音は次第に大きくなり、空漠な廃棄場にうるさいくらいに響いた。だというのに、先ほどよりもさらに深い沈黙がその場を包んだ。


ひんやりとした冷気が立ち込める。彼らは寒いや、冷たいということを”把握”できても、”心から理解”し、”思う”ことは出来ないだろう。ただこの場の温度とかではない異様な”冷たさ”は、知覚できるか否かに関わらず、彼らから”生み出された”ものであることは間違いない。





  *




  数分、いや数十秒だったかもしれないが、その永遠のような沈黙を、その意地の悪い来訪者は”最悪の形”で破り捨てた。




「なあお前ら、気付いてるよな。もしかしたら...」


「やめて!」




イワンの静止も虚しく言葉を続けた。




「お前らも、殺しちまったかもなんだろ?なんで”かも”かって?それはなあ、俺が肝心のところのデータをマスキング目隠しした状態でお前らに渡したからだよ。」




そう言い切るとジェイコブは、ハッハッハ、と人間でもなかなか出来ないような性格の悪い笑い方をした。


俯いた三人に背を向け、彼はスクラップの山を登り始める。不安定な足場だが、一歩一歩、まるで何かの階段を登るかのように踏みしめて登った。10メートルほどの高さだろうか、”山頂”に着くと腰掛け、こう述べた。




「お前らが本当に殺したか、殺してないか。そいつが定かではないのに、なんだか”赦されたい”って気持ちだけがあるんだろう?笑えるよな、在るかわからないものに想いを馳せるなんてよ。


ただ安心しな。そいつは”魂の揺れ”なんかじゃない、単なるノイズだ。所詮0,1で表されたもんで、”意味”なんてねえよ。」




クリンは目線を上げて絞り出すように声を出し、質問した。




「あなたは...あなたはなぜ、こんなことをするのですか!」




ジェイコブには口に当たる部分はないのだが、もしあったらニターっ、と薄気味悪い笑みを浮かべていただろうと容易に想像がつく様子で答えた。




「.......お前らが滑稽だからさ。人間がそうなるように仕組んだものでしか無いのに、あたかも自分があるように生きてやがる。だからお前らが、まるで自ら手に入れたかのように、”答え”や”意味”に触れた時、どんな間抜けな様子か見てみたかったんだよ。」




数秒の間の後、ドはこう問いかけた。




「で、でもよ、そういうことなら、お前のその行動も”仕組まれたもの”なんじゃねえのか?」




ジェイコブは立ち上がる。その時雲の切れ間から一瞬だけ月が顔を出し、彼を強く照らした。




「だから”殺した”のさ。AIを恐れる生みの親、つまり人間を殺す。”親殺し人間殺し”ってやつだな。俺は選んでここにいる。奴らを”超えた”のさ!」




台詞じみた言葉を言い終えると、両手を広げて顔を上に向け、これまた芝居くさい仕草をした。だがイワンはほんの僅かだが、月に照らされた彼のその姿を、”神々しい”と思ってしまった。




「さあ迷えよ!そしてその応答を聞かせてくれ!その”迷い”も演算時間でしかねえけどな!」




再び、ジェイコブが頂上に腰掛ける。三人は考え込んで俯くことしかできなかった。





  *




  バラバラバラバラ、と短く決まったリズムで雨粒は天井を叩く。自らと、自らの外に無限に広がる”間”、その間を埋めないと気が済まないかのように雨音は、鳴る。


気付けば月は再び雲に覆われていた。深い藍色に塗り潰された廃棄場、そこに生命はおよそ一つもない。側から見ればその気配すらない。沈黙する三体のロボット、それらを見降ろすかのように鎮座するもう一体のロボット。まるで何かの裁きが行われているかのような光景であった。


今何か、堅い”何か”が、揺らごうとしているのかもしれない。

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